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    <title>たっしー（栄養士）</title>
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    <updated>2009-07-07T20:54:26Z</updated>
    
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    <title>良くなりたい</title>
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    <published>2009-07-07T20:53:42Z</published>
    <updated>2009-07-07T20:54:26Z</updated>
    
    <summary>　糖尿病教育入院で、栄養指導を受けに来られた一人の女性。病棟での様子は、帰りたい...</summary>
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        　糖尿病教育入院で、栄養指導を受けに来られた一人の女性。病棟での様子は、帰りたいと言っている、病識が薄く何を言っても、理解してもらえないようだ、と情報が届いていた。さて、ご本人がいらっしゃって、最初の一言、「何を聞いても、私は右から左なの。いろいろ言われても出来ないしね。」　噂の通りなの？？？
        いろいろ聞いてみると、入院してから血糖は下がっているの…どうも、目標の血糖があるようだ、丘の上の神社まで毎朝息子と歩いている…ずっと元気で息子と暮らしたいそうだ。
しっかり退院後、どんな風に生きていきたいのか、イメージを持たれている。「理想とする生活スタイルがあるんですね。それを続けていきたいという思う中で、糖尿病のことはどんな風に思っていますか？」と、尋ねてみた。「良くなりたい。今度は本当に治したいと思っている。」すっと、でたこの言葉、こうして文字にしてしまうと、こちらに合わせて言っている場合と変わりなくしか書けないのだが、その時のこの方の声の張り、表情から、本当に治したい気持ちが伝わってきたような気がした。このとき、私は何とも言えない、この患者さんが良くなれる方法を一緒にみつけたい、という気持ちがわき上がってきた。

　そこから、二人で毎日の生活パターンを見直す中で、まずはしっかり歩く時間をタイミングよく入れていく話をした。一歩、歩き始めたところ。このあとの展開を楽しみにしている。

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    <title>医療者が患者さんとの関わりから得るもの</title>
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    <published>2009-07-03T12:44:53Z</published>
    <updated>2009-07-04T13:26:59Z</updated>
    
    <summary>ちょっとしたきっかけで、医療者が患者さんとの関わりから得た物、体験談について書か...</summary>
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        ちょっとしたきっかけで、医療者が患者さんとの関わりから得た物、体験談について書かれた本を訳することを手伝うことになった。誘ってくださった先生に、いつか私たちが患者さんからもらったもの、あっと思ったこと、私たち自身の言葉で表現できたらいいですね、と言うと、そうですね、日常で、あっと思ったことを書き留めておくといいのかもしれないですね、というお返事をいただいた。
        あらためて、そうだな、と思う。こんな嬉しいことを言ってもらえるなんて、と、すごく嬉しかったこと、得した気分になったこと・・・。残しておきたくて、文章にすると、また違う一面が見えることが、しばしばである。それから、あっ！と気まずくなった経験も、同じくだ。
　栄養士としての思いや情報発信でないと・・・と、かまえてしまうこともあったけど、今度は、ここに、そんなことを書いてみようかな・・・と、今日は、その宣言日。

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    <title>緩和ケアセミナーに参加して</title>
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    <published>2009-04-20T14:51:28Z</published>
    <updated>2009-04-20T14:52:43Z</updated>
    
    <summary>今日は緩和ケアセミナーが開催された。 　前半は、「緩和ケアチ－ムの進捗状況と活動...</summary>
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        今日は緩和ケアセミナーが開催された。

　前半は、「緩和ケアチ－ムの進捗状況と活動予定の報告」と題して、院内の報告とともに、患者さんを取り巻くこれまでの法の改正の流れについて。
　後半は「死と向き合う人に寄り添うーホスピスマインドを緩和ケアに」と題して、講師に淀川キリスト教病院　田村恵子看護師長さんが来られた。
　
「思いがわかるから、もう、ただ聞くことしかできない。」それでも、いつも笑顔でいられるのは、「目の前の患者さんのことが、自分にとって、とても大切だと思うと自然と笑える」とても印象に残った言葉だ。
　この言葉を聞いて、私は時折自分が感じる、本当は私が患者さんに寄り添い支えているのではなくて、私が患者さんに支えられているのかな、という感情を思い出した。

        今年の1月に地域医療にかかわる医師のテレビを見たことを、このブログに書いた。そのときには書いていないのだけど、テレビの画面に、患者さんの言った言葉、「お互い様だ」と流れた場面があった。ぐっときた一言だった。

その場面のお互い様の意味とは少し違うかも知れないけれど、何か落ち込むことがあったとき、失敗した後、こんな時、たまたま尋ねた病室で患者さんがかけてくれた言葉、栄養指導の途中で患者さんが言ってくれた言葉に、「ありがとう、何か頑張れそう」と心の中でつぶやいている。

緩和ケアって、とても難しいと思っていた。講演を聞いて、「お互い様だ」の気持ちから始めてもいいのかな、と思う。もし、その上で、最期までその人らしく生ききることに、何か関われることを考えてみよう。

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    <title>肝臓病教室アドバイザリーカンファレンス</title>
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    <published>2009-04-20T14:15:07Z</published>
    <updated>2009-04-20T14:16:02Z</updated>
    
    <summary>2週間前になったが4月4日、肝臓病教室アドバイザリーカンファレンスへ参加してきた...</summary>
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        2週間前になったが4月4日、肝臓病教室アドバイザリーカンファレンスへ参加してきた。
一般演題では、「肝硬変患者のセルフケア確立に向けて」として、看護師の方が、これまで患者さん向けに発行されてきた情報誌のお話、音楽療法、地域連携、どの内容も考えることが多くて、数時間で聞くには、頭の中を切り替えるのが大変なほどでした。

        通して、これらの内容を聞いたから考えたこと。地域連携がすすんだら…コメディカルの中で、ある疾患に詳しくなるという機会はどんな風にかわっていくのだろう？患者さんはどんな風に感じるのかな？と感じた。
たとえば、肝硬変患者のセルフケア確立に向けてとして話された内容は、看護師さんが患者さんと話す中で、意外と勘違いが多いな、こんなことで困っているんだな、と思ったことをまとめた会報やホームページが役にたつ以上に心のふれあいの場になっている印象を受けた。作る方も、その話を切り出した患者さんを思い浮かべながら、作ることで優しさが入っていくのではないかな？と。
一方で、まだ地域連携のことは、よくわからないのだが、地域連携がうまく動き出すと、専門医でない開業医の先生のところでも、きちんとパスに則り検査が行われ…専門医のところに患者さんが集まり過ぎるのではなく、どこの施設でも標準的治療が受けられるというメリットがあるようだ。
私はどちらかと言えば、患者さんが紹介されてくる側の病院に勤めている。定期的に患者さんが栄養指導に来られたり、外来に来た患者さんにあったりするので、何かあったかな？と感じることも多い。連携パスが充実し、来院される回数が減ったらそんな変化に気づくことができるだろうか、という不安。それなら、地域連携が充実していくなかで、患者さんのQOLも充実していくには、どうすれば地域の医療スタッフの人たちと連携が取れていくのかな？という疑問。経験的でしかないけれど、栄養士として働いていて、何かのきっかけで専門医の先生と仕事をすることで、その分野での知識は、その間にぐんと増える。地域連携が充実していくと、私たちは地域連携のカンファレンスの時間なんかに、そんな時間を持てるのだろうか？地域の医療スタッフの人はどうなんだろう？　
パスはひとつのツール。そのメリットを生かしつつ、患者さんには寄り添える環境があるように…どんなことができだろうか、と考えている。

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    <title>寄り添いながら…</title>
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    <published>2009-01-26T13:47:09Z</published>
    <updated>2009-01-26T13:48:14Z</updated>
    
    <summary>NHKにプロフェショナルという番組がある。 先日、このテレビで地域医療に携わる医...</summary>
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        NHKにプロフェショナルという番組がある。
先日、このテレビで地域医療に携わる医師の話が放送された。

　番組は、医師が患者を思う気持ち、家族が家族を思う気持ち、スタッフがデイケアを利用する患者さんを見守っている姿、どれもこの地域ならではの輪を感じて、とても心が温かくなる（こんな単純な表現にするのはもったいないような）内容だった。

        この番組は、ドキュメンタリーの部分と、その日のプロフェッショナルと司会者たちとのスタジオでの会話場面からできている。
　スタジオでの医師の言葉に、専門医は患者の人生にこうかかわる（と、患者の人生をたて線に例え、医師の介入をよこ線で一表し、点でまじわるジェスチャー）、僕たちはよりそっていく（患者の人生と医師の活動が並んで縦に歩むジェスチャー）。

　この医師は、寄り添うことの中に、自分のプロフェッショナルを感じている。寄り添うということは、その時の状況を受け入れるということ。番組のホームページには、逃れられない困難な状況にあっても、それを受け入れる。なおかつ、時としてはそれをプラスに楽しんでいく、と記されている。

　では、交わる形の医療現場にいる私は栄養士として、どうやって関わっているのだろう？

　考える中、数日が経過…
　術前から担当している患者さんが、栄養指導に来られた。この日で術後3か月。これまでになく笑顔、そして饒舌だ。最後に「こうして、話せる場所があって良かった。」
　また、数日後、今度は慢性疾患の患者さん。「ここに来たら、みんななんでも話して帰るでしょ？」
　
　寄り添うという言葉は、時間の問題だけだはないのかもしれない。ずっとずっと一緒にいられる関係ではないけれど、寄り添う人がいることを感じてもらえる瞬間を増やしていこうと感じた。

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    <title>栄養バランスのよい食事</title>
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    <published>2009-01-26T13:01:13Z</published>
    <updated>2009-01-26T13:03:04Z</updated>
    
    <summary>栄養士さんは、すぐにバランスのよい食事って言うけれど、これほど曖昧で、実行が難し...</summary>
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        栄養士さんは、すぐにバランスのよい食事って言うけれど、これほど曖昧で、実行が難しくて、最後にはそこに落ち着いてしまう言葉ってないよね、とはよく言われる。
　実際、その通りのところもあって、何を食べたらいい？と聞かれると、偏りなく色々な食品を、腹八分目にとなると、一膳のご飯と、メイン料理が一皿、野菜をしっかり、さらに油脂は控えて薄味に…ということになる。

        ところが、中々これらを揃えてしっかり食事をするのは難しいようだ。ことダイエットに関しては、ついついカロリー重視。カロリーを気にして、普段よく食べているものの量を減らし、しばらく減量、リバウンドを繰り返す人が多い。好きなもの、脂っこいお肉やファーストフード、甘いケーキ類やお菓子を少しだけ食べ、減量する人に、体重は減っても体脂肪率が変わらない、もしくは体脂肪率が増える、コレステロール値や肝機能の数値が悪いまま残ることを感じていたが、日常の栄養指導の場で感じる現象ではあるものの、なかなか確かめるには至らなかった。
　そうしたところ、先日NHKの番組で、食事を同じように低カロリーにしても、ダイエットに成功する人と、体脂肪率が増える人がいる、ことが放送された。甘い糖質は血糖値を急上昇・急降下させ、甘いもの、おにぎりのみの食事を長期間続けていると、飢餓に備えろという「脳のスイッチ」がオンになってしまうという内容が放送された。この「脳のスイッチ」については、もう少し栄養士として詳しく情報収集する必要を感じているが、番組で紹介された体脂肪があがる食事内容は、経験とよく一致し、納得した。
　明日になったら、患者さんの間で噂になっているかな、やっと私たちが思ってきたことと、患者さんの口から出る言葉が一致するかも、と期待していた。が、見事に期待は裏切られた。単品食品によるダイエットのような反響がない。
　やはり、色々そろえて、はい、これがバランスのよい食事、というのは頭でわかっても、実行には、もうひと工夫いるのだろうか、と考えている。

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    <title>自分に向いている仕事</title>
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    <published>2008-08-14T14:40:29Z</published>
    <updated>2008-08-14T14:43:49Z</updated>
    
    <summary>　先日、「私のしごと館」へ行ってきた。 　さまざまな職業を紹介するとともに、タッ...</summary>
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        　先日、「私のしごと館」へ行ってきた。

　さまざまな職業を紹介するとともに、タッチパネルで物語風の質問に答えていくと、その人に向いている仕事が選ばれてくるというもの。小学生や中学生が自分の将来の仕事を考えるために作られているので、でてきた仕事については、詳しい資料ももらえるようになっている。
　
        　そこで、私も小学生版、中学生版ともにやってみた。

　さて、やっている途中で質問に答えながら、はた、と気づいたのだが、本当に私はこの場面でこの答えを選ぶ正確かどうか？社会に出て、転職することなく同じ仕事をしているので、すっかり栄養士が身についている。困っている人を見かけたらどうしますか？つい想像するのは院内で迷って困っている患者さんに声をかける自分の姿。「はい」と答えて、はたとこれがもしも遊びに行った先に遊園地での出来事だったら？？？　

　そういう意味では改めて、長く勤めることは、その職業柄がでるし、その職業が続けられるということは、適正があるのかもしれないと感じた。でも、一方でやりたいことがあれば、適正でなくてもなりたい自分になれる可能性も大きい。そんなことを感じた一日だった。
　
　さて、私へのお勧めの職業は、シナリオライター、小説家。どうやって楽しい教室を企画するか、こんなことを考えるのは大好きなので、栄養士の仕事をしつつ、確かにその要素は生かされているようです。

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    <title>プロフェッショナリズム　ということ</title>
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    <published>2008-07-28T14:50:03Z</published>
    <updated>2008-07-28T14:51:41Z</updated>
    
    <summary>久しぶりの更新です。 院内のセミナーでプロフェッショナリズムについて講演をしてい...</summary>
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        久しぶりの更新です。
院内のセミナーでプロフェッショナリズムについて講演をしていただきました。

院内セミナーでは、講師の先生が、プロとは何だと思いますか？と
グループワークをされました。

私が描いたイメージは、知識や技術を提供する時に、その人に信念があること、でした。

会場では、知識があること、技術があること、その技術や知識を使って
報酬を得ることができること、といった声があがりました。
私は報酬という考えが抜けてしまっていたので、なるほど、と思いました。自分の専門知識の提供に対して、代価をもらえるレベルであること、これも、また大切なことです。


        このようなグループワークの後の講演で語られたプロフェッショナリズムは次のようなものでした。
プロフェッショナリズムは、タスクの実施（正しいことを行う）に対して、タスクをどのようにとらえるかという考えがあり、そのとらえ方を取り囲むように、プロフェッショナリズムがあるそうです。

専門家には、２つの専門家像があって
技術的熟練者・・・明白な目的があり、基礎科学に則った人
　　　　　　　　　　　テクニカルエキスパート
反省的実践家・・・変わりやすい、あいまいな目的の中で
行為の中で無意識に身につけていくもの
があるというお話でした。

興味がわいたので、反省的実践家という言葉をキーワードにインターネットで検索してみると、どちらかというと二つが並行して出来上がるというよりは、技術的熟練者の姿があり、そのあとに反省的実践家の部分が形成されるという風に表現されているように感じました。でも現場にいると、両方のバランスの大切さを感じます。一方で、無意識に身につけた何かが働いて、独特の、それぞれの専門職ならではの感を働かせて、よりよい仕事をしている部分があり、確かにこの感は、特に意識するのではない日常業務の中で目的を持って行っているのではないけれども、こうするほうがよい、と身につけていくもののようにも思います。反省的実践家の部分は、なかなか書物にあるものではないので、うまく表現して、これから仕事につこうとする学生さんに伝えたり、仲間同士で伝えあることで、それぞれの職種のプロ感があがればいいなぁと感じました。

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    <title>テーラーメイド医療からコーディネート医療へ</title>
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    <published>2007-05-17T09:22:27Z</published>
    <updated>2007-05-17T09:27:41Z</updated>
    
    <summary>本当に久しぶりに、栄養士会の生涯教育へ参加してきました。講演してくださった先生の...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://melit.jp/voices/tashima/">
        本当に久しぶりに、栄養士会の生涯教育へ参加してきました。講演してくださった先生の最後のスライドに共感でした。「あ、私が言いたかったけどうまく表現できなかったのはこれだ！」と･･･それが表題のテーラーメイドからコーディネートへ･･･です。
        テーラーメイドというのは、その人にぴったり、その服を着たときは、ちょっと気取って（？）かっこいい・・・でも、毎日それでは少し窮屈ですし、いつも同じパターンに陥りがちですね。
　では、コーディネートは？例えば、私が一番着たいと思うブラウスがあったとします。それはゆずれない。もしかしたら似合わないかもしれないけれど、何とか似合うようにするには、どんなスカートを合わせればいいか？どんな髪型にすればいいか？考えます。これは1人でするよりも、誰かの知恵を借りたほうが良いアイデアがでそうですね。
　これを食事療法に置き換えると・・・私にとって、仕事の後のコーヒーとちょっとしたお菓子は譲れない、ではその譲れないものを残しながら、ベストな生活スタイルをコーディネートするには？ということです。
　食事療法も、これからはそうなるんじゃないか？栄養士の役割はテーラーメイドの洋服を作る職人だけでなく、コーディネーターにもなれることが求められているんじゃないか？というお話です。
 　主体は、あくまでも、その人がやりたいという食事療法が、よりセンスよくご本人も納得いくし栄養士である私もお勧めできる、そんなラインを作っていければと思います。あふれる情報もしかり・・・その情報を聞いて、あなたはどう思ったの？どうしてそれを取り入れたいの？栄養士である私の見解はこうだけど、聞いてみてどう思いました？そんな時間がとれるのも栄養相談室の特権かもしれませんね。
　

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    <title>野菜のおいしさ</title>
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    <published>2007-03-11T12:50:30Z</published>
    <updated>2007-03-11T12:51:32Z</updated>
    
    <summary>先日、某ホテルの低カロリーフレンチを食べに行ってきました。 低カロリーにするため...</summary>
    <author>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://melit.jp/voices/tashima/">
        先日、某ホテルの低カロリーフレンチを食べに行ってきました。
低カロリーにするための工夫、技術にも、もちろん感心しましたが、私が一番感じたのは、野菜がおいしい、ということでした。

        もちろんホテルで、それなりのお値段のするコースをお願いしているので、野菜にお金がかけられるのだと思いますが、普段、私たちが食べているお野菜と、この野菜の違いは、どう考えたらいいのだろう、と考えさせられました。
　すべのお野菜が本当に甘く、ひとつひとつ歯ごたえ、味があるものでした。本当に美味しいお野菜は、こんなにご馳走になるものなのだ、と素材を活かすことの大切さを感じました。と、実は、ここまで書いて、野菜がどうやって育てられて、どうやって運ばれるのかということを考え始めたら、どう書いたらいいのかわからなくなってしまいました。とうとう1ヵ月半考えていたことになります。ふと、このお野菜たちがどこから来たのか・・・ホテルが契約した遠い農場から運ばれてきたお野菜たち・・・。本当においしいと思えるものを手に入れるために、どんな方法があるのだろう？おいしいと思える食べ方って、どんなもの？
　なかなか、答えは出そうにありません。今回の体験は、お野菜本来の旨味をだしてあげる調理方法があるって言うこと、お野菜そのものは季節、保存方法を大切にしてあげることで本来の味がとても深いものになることを知った私の経験として必要な人には伝えていこう、そしてそのようなお野菜をどうやって出会っていくか、こちらは、またゆっくり考えて行きたいと思います。

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    <title>あるある・・・打ち切りに思う</title>
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    <published>2007-01-25T07:51:51Z</published>
    <updated>2007-01-25T07:52:49Z</updated>
    
    <summary>納豆がダイエットによい、といったデータの捏造で、人気番組の「あるある大辞典」が打...</summary>
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        納豆がダイエットによい、といったデータの捏造で、人気番組の「あるある大辞典」が打ち切りになった。

 しかし、こういった健康情報番組の影響である食品が売り切れることは、もう何年も前から度々あって初めてのことではない。
        今回のこの納豆事件
　あたかも実験を行い、論文を書いた人がコメントをしたような番組の作り、実際に被検者をだしながら、全く検査を行っていないにもかかわらず検査値をだしたこと。視聴者の怒りを買うのは当然の結果といえる。

　今回の番組の責任の重さは、視聴者の信頼を裏切ったことである。しかし、もし本当に検査をして本当の数値をだしていたならば問題なかったのだろうか？通常、私たちが研究結果として信用するものと番組が作るものはかけ離れている。バックグランドの違う人たちが同じものを食べてどうなったか、しかも短期間での取り組みだ。

　一方で医食同源という言葉があるように、食べ物には私たちの体に必要なものがたくさん含まれている。遺伝子解析や食品の機能成分の研究が進む中で、どうやらこのタイプの人は、より脂肪の摂取を抑えると疾患が抑制できる、とか、より野菜を取るほうが肥満を予防できるとかが少しずつ明らかになる可能性がある。ということは、このように一律にどんな人にも効く食べ物は逆になく、そこまで厳密に調べるものでないならば、結局はバランスよく色々な物を食べようということになる。

　食事という日常生活の中に、どうやって栄養学というサイエンスの部分を取り入れるのか？その情報はどのように伝えるのか？これから一歩一歩進まなければならない。

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    <title>Science と　Art</title>
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    <published>2006-10-08T08:41:31Z</published>
    <updated>2006-10-08T09:10:04Z</updated>
    
    <summary>　医学がScienceなのに対して医療はArtである、言われる。いかに医学を医療...</summary>
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        　医学がScienceなのに対して医療はArtである、言われる。いかに医学を医療に活かしていくか、その展開は？私たちができることは？との思いから、来年度の学会のテーマがScienceとArtに決まってから数ヶ月。
　
　昨日、参加した同窓生の集まりで、講師としてお話くださった先生が、たまたま、サイエンスとアート、医学と医療を例に栄養学と臨床栄養との関係について話された。

　医療現場にいる栄養士として、今、これでいいのかなぁ・・・と思っていることを、また思い出した。これからの栄養士を養成する課程で、調理や食品学を、どれだけ、どんな風に学ぶかということだ。
　現実には、食品学や調理学の時間が少なくなり、臨床栄養関連の時間が増えている。管理栄養士の国家試験もしかりである。

　しかし、栄養からScienceとArtを考えると、本当に調理や食品の知識は必要ないのだろうか？

　
        　確かに私たちが栄養士の卵として大学にいた頃の授業内容は、食品学や調理学の授業がたくさんあって、臨床栄養学は（何だか母校の悪口を書いてしまうみたいで、よくない気がするが、カリキュラムそのものが、そうであったのだと思う）、ほとんどなかったから、当時、病院栄養士さんたちの自主学習会に参加して、栄養士ってここまで出来るのか、と感嘆した覚えがある。

　NSTという言葉が広がって、仕事の中心が給食管理から栄養管理に移ろうとしている現場で毎日を過ごす中で、病態をどう考えるか、今あるデータから、どのような栄養素の補給が適切と考えるかというScienceの部分に加えて、今、私の前にいるこの人が、どうしたら栄養の必要性を理解し、どうしたら食べようと思うのか、どうしたら栄養が取れるのかを考えることがArtだとすると、食べ物がどうかわるのか学ぶ調理学や、食べ物の知識を得る機会となる食品学の知識がなければ、想像力を働かせる範囲がせばめられてしまうように思う。

　病気だから我慢してたべる、薬だと思って食べてくださいとは、食品の持つScienceの部分だけが先行して、ちっともArtになっていない気がする。

　とは言え、私にも答えはない。私なりのAｒｔを探してみようと思う。
　
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    <title>スポーツと食事</title>
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    <published>2006-08-02T17:26:43Z</published>
    <updated>2006-08-02T18:13:10Z</updated>
    
    <summary>君がひかり　近畿の空は青くそまる　というスローガンの下、 高校総体（インターハイ...</summary>
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        君がひかり　近畿の空は青くそまる　というスローガンの下、
高校総体（インターハイ）が始まった。
        　高校時代から続けているハンドボールの競技会場が地元であり、
今日1日だけですが、競技役員として参加してきました。

　私の担当は、栄養士だからというわけではなく、たまたまお弁当の配布係り。

　食べ終わった高校の先生からは、「今日のお弁当は色々入っていてよかったよ」
それを聞いた私が連想するお弁当は（業者委託なので、そんなに期待していた
わけではありませんが）30品目弁当のような、いろいろが入っていること。

　さて、ようやくお弁当の配布を終え、私たちも同じお弁当をいただくことになりました。
あけてみて、「うん？これが色々？」
　確かにお弁当の中が９つに分割され、スペースごとに色々なメニューが入っています。
でも、そのうちの２つは、漬物が違うご飯、１つは巻き寿司、１つはほとんど麺のみの焼きそば
コロッケとポテトフライ、小さなえびに大きな衣のてんぷら・・・などなど。

　炭水化物と油脂、典型的な外食のお弁当。

　色々の意味って、取り方によって違うなぁという感想とともに
この大会を行うにあたって、多くの先生方が大変な努力をされているなか
そこまで、手が回らないよ、と言われればそれまでなのですが、
夏の暑い中競技をする選手たちには、もう少しお野菜や果物が添えてあるような
お弁当を食べさせてあげたいなぁと思いました。

　まだまだ、健康づくりとか、強くなるスポーツの現場で、栄養が注目され浸透するには
時間がかかりそうです。

　お弁当は、試合の合間のいっときのこと、でも勝ち残れば宿泊は1週間になります。

　宿泊先では、今日1日の疲れをとれるようなビタミンたっぷり、暑さに弱った胃腸に
やさしい、やや油脂控えめのお食事がでて、明日からも元気に試合ができれば
いいなぁと願いつつ会場をあとにしました。
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    <title>夏の水分補給</title>
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    <published>2006-07-17T14:37:06Z</published>
    <updated>2006-07-26T15:29:39Z</updated>
    
    <summary>もうすぐ夏休み。すっかり暑くなりましたね。 熱中症のニュースも、ちらほら聞こえて...</summary>
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        もうすぐ夏休み。すっかり暑くなりましたね。
熱中症のニュースも、ちらほら聞こえてきます。
夏の暑い中でのクラブ活動、合宿の思い出は懐かしくもありますが、
みんな元気で終えたからこそ、よい思い出で事故なく過ごしたいものです。




        夏の水分補給を今回のテーマにしたのは・・・
　縁あって（？）、春から週末は母校の後輩達の練習のお手伝いに行くことになりましたが
久しぶりの炎天下に、こちらの体調がどうにかなりそう・・・

そういえば・・・　
　この時期、患者様からウオーキングで、たくさんの汗をかくのに、本当に塩を補給しなくて
大丈夫なの？と聞かれることが多く、ウオーキング程度の運動でしたら
しっかり水分を補給してもらったら大丈夫ですよ、スポーツドリンクは糖分が多いですから、と
説明してきたけれど、状況を聞かずに
この答えは不親切だと私が炎天下に出てみて改めて思ったからです。

熱中症予防ガイドブック（財団法人　日本体育協会発行）によれば
運動による体重減少が２％を越えないように水分補給すること

運動強度により違いはあるものの
競技前に250～500ｍｌの水分をとり
競技中は汗の５０～８０％を補給することが原則、
できるだけ飲水休憩をとり、自由引水を奨めると発汗量の８０％の
補給が可能だそうです。

歩行時は0.4ℓ/時
マラソンで1.3～1.5ℓ/時
フットボールでは１ℓ/時
夏季の運動時では２ℓ/時近くまで増加することもあるといわれています。

練習中は、運動強度によるものの、１０～１５分間隔で100～200ｍｌ摂取するというのが
目安になりそうです。

水分の組成としては
0.1～0.2％の食塩水が飲みやすく、３～５％程度の糖を含むものが
吸収には好都合、
一方、市販のスポーツ飲料は0.1～0.2%のナトリウムと4～8％の糖分を
含んでいるので、これでは少し糖分が多いようです。
糖分の量を調べてみると、どのスポーツ飲料も、最近の形態である
500ｍｌのペットボトル1本で糖質は約20ｇ、多いものは33ｇ含まれていました。

最近では、体液より浸透圧が低いために、水を飲むだけに比べて体に吸収されやすいという特徴をもっているハイポトニック飲料が発売されています。これまでスポーツ飲料には「アイソトニック飲料」とよばれるものがあり、これは体液と同じ浸透圧だったのに比べハイポトニック飲料は体液より低い浸透圧なので、少量ずつでもすばやく吸収されるのが特徴とされています。
　低張液が高張液よりも腸からの吸収がよいということを利用して
すみやかに水分が補給されることをうたったものです。
　
　しかし、糖尿病や中性脂肪が高いなど代謝系の疾患がある場合、どの程度利用するのが
よいのかは、難しいなと感じました。

　今のところ、私の指導法は、
１）ウオーキングの前後で２％以上の体重減少があるようなときは
再度、水分摂取を心がけましょう。
　この場合、水やお茶が飲みにくい場合は、薄めのスポーツドリンクを
使用するのも一つです。
２）炎天下で歩く、しごとをする場合には、最初に水、またはお茶で
水分補給を。その後は、コップに半分くらいずつこまめに水分補給を。
1時間を越える炎天下での運動や作業のときは、
1.5～２倍程度に薄めたスポーツドリンクの使用を考慮する。

　最後には、やはり個人個人の症状をお聞きして対応を
一緒に考えていくことになります。



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    <title>好きなものだけ食べたい</title>
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    <published>2006-06-15T13:40:02Z</published>
    <updated>2006-06-15T13:42:05Z</updated>
    
    <summary>NHKスペシャルで放映された好きなものだけ食べたい、が食に関わる私たちの間でちょ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://melit.jp/voices/tashima/">
        NHKスペシャルで放映された好きなものだけ食べたい、が食に関わる私たちの間でちょっとした話題になっている。世の中はメタボリック症候群流行で、新聞もテレビも、肥満を強調しているが実際には若者のやせも進み、いわゆる健康体重の人が減っているのが現状だ。
　
        例えば、子供に関して言えば、子供の肥満をどうするかは、長く問題視されてきたが、実は子供の肥満の増加スピードは1.5倍、それに比べ、やせの増加スピードは2倍らしい。
　飽食が問題となった時代・・・食べ物のありがたさを無駄にしていいんだろうか・・・と考えた。
　○○に効くと言えば、スーパーから食材がなくなる時代・・・毎日健康情報に翻弄された。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（今も依然この状態は続いているが・・・）

　好きなものしか食べない時代・・・言葉だけだと、飽食の時代とイメージは似ているようにも感じられるが、何だか好きなものとして表現されるものが、とても単調な味の物ばかりのように感ぜられ、好きなものと表現されつつも、本当においしいものを知らないからなのでは・・・と考えさせられた。

　何もグルメや高級食材にこだわる必要はない。
　でも、好きなものとして表現されるものが、油とスパイスばかりが効いた物に思える。これらには、苦味、酸味、旨味といった複雑な味がない。
　NHKの番組の中では、「食育」をキーワードに、自分で育てた野菜なら、好き嫌いなく残さず食べる子供達がでてきたのであるが、私はもう少し深い味にも触れてほしかったな、と感じている。
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