melitに投稿させていただいて、いつもお返事を有難うございます。昨年9月、ここ15年安定していたC型肝炎の数値が急に悪化して肝硬変、肝癌の恐怖に脅えて半年を過ごしました。
インターフェロンでウイルスを殺したいと大学病院に入院もしましたが、高齢と軽症であるからと治療を受けずに退院しました。肝臓の専門医、指導医が多くいる病院です。主任教授は万一肝癌になっても、この病院のエコーは1センチの癌も捉え、すぐラジオ波で治療できると言いました。
隣のベッドにラジオ波の治療を受けた方がいました。施術2時間あまりで病室に帰って来ましたが、痛みが激しく、数人の医師が集まり、再麻酔をかけましたが、それが効くまで約1時間余りはすさまじい苦しみ。私はあの治療は受けたくないと思いました。
その人はやがて静かになり、たぶん翌日からは食事も撮り、歩き始めました。
今の私は治療もせずに肝硬変、肝癌に進む以外、方法はないのです。医療費は3割負担。経済的にも、介護面でも心配があります。
そんな時に出会った加藤先生のサイト、それは心安らぐ思いです。
薬害の人々がいつでも「薬害」肝炎と言うのは腹立たしい。薬害弁護士は「我々も仕事でやっている、勝つ見込みがあったから…」と言いました。
私は腹部手術を5回、血気胸一回。まだフィブリノゲンが開発されていなかった1961年出産の折、1800ccの輸血を受けて肝炎になりました。そもそもフィブリノゲンは、輸血による肝炎の多発を止めるために医者と製薬会社とが考えた出した方法だと聞いています。
私の産後の肝炎は回復し、フルタイマーの専門職として58歳まで働き、日本の高度成長を支え、2児を育てあげましたが、子供たちは今は、親を支える暇もない働き盛りです。
私はどこでウイルスに犯されたのか、私たちも同じ肝炎。政府の援助を受けたい、出来ることなら薬害の人々と同じように座り込みでも、テレビに出て大騒ぎして権利を主張したい。
世の中は捨石があって進化していくのでしょうが、その捨石は老い、若いつもりでも後期高齢者として差別されて死んでいくのでしょうか。
こんなことを思っても、それを言って自らを癒す場所がないのです。
解決する方法のない心の重さ、今までは夫や子供に心の憂さを炸裂させたり、食べたり飲んだりしてきたのに、それもできなくなりました。国会の審議は進まずですね。
投稿者 吉○朎○さん : 2008年04月01日 14:33
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