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・アライグマさん
(免疫不全(家族))

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  2009/02/16 良い春

皆さん、こんにちは。
恥ずかしながら1年3ヶ月ぶりの書き込みになってしまいました。
ながらくご無沙汰をしてしまい、申し訳ございませんでした。
きょうは息子の最新情報となります。
小学5年までの長期間の入院から約5年ほどが経ちました。
これまでに後遺症や発熱などで短期的な入院は2〜3回ありましたが免疫抑制剤の投薬と体調への絶え間ない留意を除けば
ほぼ普通の生活ができています。
そして今月は高校受験。
幸いなことに、いくつかの高校の合格を得ることができました。
良い春を迎えることができそうです。
入院当時、一緒の部屋だったお兄さん方や同年代のお友達も皆さんそれぞれに頑張っておられている様子です。
それでは失礼いたします。

投稿者 kuma : 18:09 | コメント (2) | トラックバック (0)
  2007/11/12 国立系病院

息子が始めて入院した先は地元の国立系病院の小児科でした。

ここの病院には良い思い出がありません。大きな病院なのですが建屋も設備も古い。ドアも壊れており冬場は始終寒く、ときに病棟内にネコが居ることも。(最近は一部改修されたようです。)一番辛かったのは看護師がちっとも優しくなく、不合理な規律がいっぱいあったことです。古株の看護師ほど意地悪で無責任でした。(おそらく自分の評価を下げるトラブルに至らないように)全てを過度な規律で覆ってしまうのです。

国が運営することの、悪い面が職場に現れてしまった典型でしょうか。テレビ視聴の制限(そもそもテレビが無い)、飲食の制限(水以外ダメ)、親への制限事項も多く、ここに入院している期間は毎日、親子で「つらいね、頑張ろうね」って話しをしていました。あるときこんな事もありました。息子がナースコールボタンを押しすぎるからと、ボタンの配線を外されてしまったのです。そもそも患児と看護師のコミュニケーション不足だったものを、こうした冷血な方法で解決しようとする病院なんて。外部から交代でやってくる婦長と医師は皆、優秀で感じの良い人ばかりなのですが、、、。

こうした病院で最期を迎えるお子さん(入院期間中にもおられました。)が本当にかわいそう。小児科なのに、妙に静まり返った病棟が今でも忘れられません。

対象的だったのは、三つ目の都内の大病院です。この病院のほうが、さきほどよりも、はるかに重い病気と闘っているお子さんばかりなのに、病棟内は毎日活気と笑顔にあふれていました。ベッドの全てにアーム付きの液晶テレビが設置され、自分のテレビゲーム機を接続し、学習時間と消灯時間以外はいつでも使用可能。入院病棟では、ゲームは単なる遊びではありません。大学生と小学生との間の気持ちをつなぐこともできる共通言語になりえます。

病棟のルールは科学的根拠に基づいて決められているので、看護師のきまぐれといった不合理なルールは存在しない。清潔で明るく、医学的にも人間的にも、治療のための最善の環境が整っておりました。(ただし、近年の理不尽な医療制度改革以前の話です。)

重篤なぶん、願いの叶わなかったお子さんも残念ながら多かったのですが、ここならば親御さんも治療・環境ともに最善を尽くせたと納得が行ったのではないかと思います。

そして驚くなかれ、この病院も同じ国立系病院だったのです。患児の幸せは病院のやりかたで決まる。そのことを強く思ったのでありました。

投稿者 kuma : 23:48 | コメント (0) | トラックバック (0)
  2007/03/12 これまでの経緯です

しばらく間が空いてしまい申し訳ございませんでした。
できるだけ明るくスタートをしてみたのですが、いざ「本編」に入るとなると、どこから切り出していいのか躊躇しておりました。まずは長男がどのような経緯であったか、差し障りの無い範囲でお知らせいたします。

長男は2歳まではまったく健康で育ちました。それが突然に長期間の高熱を出して入院し、川崎病と診断されました。「こんな病名も有るのだな」などと思って過ごしておりましたが、その後も幾度となく一週間から三週間単位で連日四十度近い熱を出すことがあり、私たちはいよいよ大きな疑問と共に過ごす日々に入ります。発熱のたびに伝染性単核球症や低ガンマグロブリン症など、毎回初耳の診断がなされてまいりました。病院の先生から診断名を聞くたびに夜遅くまでインターネットの検索を延々としなければいけない状況でした。

症状が落ち着いたとしても、血液検査ではいつも免疫系の値が低調で、根本の原因も不明なため、「とりあえずの対処」として免疫を高めるガンマ・グロブリンを一定期間を置いて点滴する日々がしばらく続きました。セカンドオピニオンの先生からは「いつか(病状が)燃え上がる日が来る恐れがあるので注意を」と言われてもおりました。

恐れていた事態が発生しました。小学3年の時に悪性リンパ腫(小児がん)が見つかったのです。異常に気がついた時にはすでに膀胱と大腸が腫瘍で癒着し、腫瘍が原因のとても大きな副生物が腹部に広がっていました。幸いなことに、悪い部分の摘出に成功しました。しかし安心したのもつかの間で、その治療中に自分自身で血液の成分を作ることができない症状が現れました。けれどもこのとき初めて、長男に(ここ最近の研究で明らかになってきた)特定の遺伝子の欠損が有ることが判り、これまでにかかってきた病気のほぼすべてを説明できる診断がなされ、骨髄移植を受けることとなったのです。

その間、街の小児科から近くのセンター病院、大学病院、そしてさらに大きなところへと転院の繰り返しでした。でもどの病院の先生も「自分ではわからない」という取り組みで調べ事をしてくださったおかげで、(結果として)適切な転院が適切な時期に行われ、現在の幸せに至ったのだと思います。まずはその大きな感謝の気持ちで、きょうのしめくくりとさせてください。

投稿者 kuma : 12:08 | コメント (2) | トラックバック (0)
  2006/06/28 はじめまして(テスト投稿)

「しまった!寝坊したわっ!」
ガバッと飛び起きる私。
あわてて長男(中学1年)をたたき起こす。
学校へ持って行かせる弁当も作らなけらばならない。
時間はあと7分。
パニックになりながら支度をしていると、長男が真顔で叫んだ。
「大丈夫だよ、僕たちはいままでいろんな困難を乗り越えてきたじゃないか!」
そう言われ私、思わず「ぷっ」と笑ってしまう。

 確かに、いろいろな困難に直面してきました。私の名前はアライグマ。長男と長女、二児の母親です。長男は幼稚園児の頃から原因不明の発熱に悩まされ続け、小学3年で悪性リンパ腫(小児がん)となり入院。入院中の検査によって、日本ではようやく知られるようになったばかりの先天性の免疫不全が一連の原因であることが判明。症状の改善を求め、骨髄移植も受けて現在に至っております。骨髄移植を受けた一部の人が抱える慢性のGVHD(移植片対宿主反応)に心配しながらも、長男は中学校に通えるまでになりました。
 このたびはさる方からのお誘いを受け、ここMELITにおいて、いままでの私たちの出来事をご紹介させていただくこととなりました。長男の具合次第で時々お休みするかもしれませんが、どうぞお付き合いのほどを。

投稿者 kuma : 23:51 | コメント (8) | トラックバック (0)
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