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      <title>加藤眞三（消化器内科）</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>カナダ医師会雑誌のニュースより　</title>
         <description><![CDATA[カナダ医師会雑誌　2011年12月21日号に福島原発事故に関する日本政府の対応が極めて悪いことを指摘するニュースが掲載された。内容は一般の人にとっても極めて大事であると思われるため、翻訳した。もし明らかな誤訳があれば知らせて欲しい。

CMAJ　NEWS NEWS
December 21, 2011

翻訳（加藤眞三）
<strong>
日本の震災により日本の公衆衛生も失墜　</strong>　

"隠蔽工作の文化"と不十分なクリーンアップ活動が組み合わさって、昨年の福島第一原子力発電所の原子炉のメルトダウンの後9ヶ月たっても、日本人は"不当"な健康上のリスクにさらされていると、健康の専門家は述べている。
日本政府は、原発プラントが実質的に安定状態であると宣言しているが、一部の専門家は、政府が放射性降下物で汚染されていると認めているより、より広い地域から人々が避難することを呼びかけている。彼らはまた、一般の人々のための国際的に承認された放射能暴露限度に戻すよう日本政府に呼びかけており、透明でタイムリーかつ包括的なコミュニケーションが極端に不足していると日本政府の対応を酷評している。

福島発電所の三つのメルトダウンした原子炉の内部の温度は、冷温停止状態を達成しており、放射性物質の放出はコントロールされている。（国際原子力機関IAEA（www.iaea.org/newscenter/news/2011/ coldshutdown.html））。このことは、原発の地域から避難している100 000人以上の避難者の一部に対して、政府がまもなく故郷に帰還させようとすることを意味する。避難者は3月11日の8.9マグニチュードの地震と津波におそわれて以来、その住んでいた地域から離れて避難している。
確かに、さらなる爆発と大気中への放射能の実質的な放出がおきる可能性は減少しているが、プラントはまだひどく損傷しており、放射能は漏洩されていると、8月に福島県を訪れたTilman Ruff（核戦争防止のための医師協会会長）は語る 。 "当該地には放射能汚染に関する多くの大きな問題が残されている。余震が続いており、さらに今後も何ヶ月も続くと予想され、そして、それらは、潜在的にすでに不安定で弱体化した原発の構造物へさらなる損傷を引き起こす可能性が大変大きい。そして、高度に汚染された水約120000トンがプラントの地下にあること、そして、現在も海に重要かつ継続的な放射能の漏れが続いている。"

「全国の汚染の全容も不明確である」と、社会的責任を果たすための医師団理事会のメンバーの一人Ira Heflandは言う。 「私達は、まだどれだけの放射線の線量が[災害の直後に]人々に曝露されたかを正確に知らないし、今後どのような量が継続的に人々にさらされるのかも知らない。私達が現時点で把握している情報のほとんどは、一致しない見解である。政府は、すべては大丈夫であると人々に信じようとさせ、独自に放射線監視を行う市民は、政府が検出されるべきであるというよりも高い測定値を報告している。」

　「原発から200以上のキロ離れた所においても、20キロの除外ゾーンのレベルに等しいセシウム - 白血病やその他の癌を引き起こす可能性のある半減期が30年の放射性物質 – が検出されることが、東京の日本政府関係者により報告されている」と、社会的責任のための医師のための取締役会の他のメンバーRobert Gouldは言う。

　国際的に権威ある科学者は、原発周辺の禁止区域を80キロに拡大するよう日本政府に促してきたが、政府はその代わりに毎年20ミリシーベルトに公衆のメンバーのための放射線被曝の許容レベルを上げることにより"問題の存在がないことと定義する"ことを選択した。それは、年１ミリシーベルトとする国際標準よりもかなり高いレベルであると、Gouldは述べている。

　放射線の最大許容線量の「恣意的な増加」は、政府の「非良心的な」間違いであると、Ruffは主張する。 「もし5年間にわたり30人の子供の教室を放射線毎年20ミリシーベルトに曝すとすると、それは約30分の1ががんになるリスクを話していることになり、それはとても容認することはできない。私は、この数十年間において、自国民のための放射線関連リスクにこのような高いレベルを許容する政府を一つとして知らない。」

1986年のウクライナのチェルノブイリ原子力発電所原子力災害のあと、「年間５ミリシーベルト以上の放射能を受けることが予想される地域では、全ての人が避難させられた。そのことに何の疑問もなかった」とRuffは説明する。 年間1〜5ミリシーベルトの間のレベルを持つ地域では、放射性物質摂取のリスクを軽減するための対策がとられ、地元の食料の消費の禁止と住民に移転することのオプションが提供された。 年間１ミリシーベルト以下の地域であっても、被曝の監視が必要とされ、それが継続された。

それに反して、日本政府は国民が福島のエリアから農産物を購入することを奨励するキャンペーンを実施していると、Ruffは述べる。 「 [チェルノブイリの] 25年前の対応は、同国が技術的に洗練されていなかったし、体制もオープンではなく、また民主的でなかったにもかかわらず、公衆衛生の観点からは、現在の日本が行っている対応よりもはるかに責任感のあるものだった。」
もし、日本が同じような政策をとるとすれば、コロンビア特別区のワシントンで11月に行われた米国公衆衛生学会の第１３９年次総会および博覧会で報告された日本公衆衛生協会のために多田羅浩三博士たたらによって提示された汚染の推計をもとに計算すると、当局は約1800平方キロメートルを避難地域とし、さらに11100平方キロメートルで食品の生産に制限を課すことが必要となる。

「[政府によって設定された暴露の]レベルが有効であることを人々を説得するのは非常に難しい」と多田羅は会議の代表団に語った。彼は本誌のインタビューの要求には拒否をした。
日本政府は本質的に高線量であることは「危険ではない」と主張していると、Heflandは説明する。 「しかし、事故発生以来、それが国民の情報に基づいた意思決定を行うために必要な情報公開を拒否するものであるにもかかわらず、日本政府は、虚偽をつき続け、国民の関心を最小限に抑えることにのみ全力を注いできたことが、明らかになってきたし、そしてその状況が今も続いている。」
「彼らは、事故発生後一日かそこらで、原発がメルトダウンしていたことを知っていたが、数週間はそれを開示しなかったし、唯一外から大きな圧力により開示することになった。」Heflandは話す。 「そして、菅首相は人々の公衆衛生の災害がないことが確保された時になって、東京からも人々が避難しなければならないと思った時期があったが、それをもたらすための何もやっていなかったことを認めている。」

Ruffは、同様に政府が文書を伝達することを誤り、誤った情報を一般の人々に提供していたことを非難している。例として、彼は安定ヨウ素が子どもたちに配布されれば、効果的に働くとの初期の報告の伝達がされなかったことを挙げ、「現実には、ヨウ素は誰にも与えられていなかった。」と言及する。
危機に対する政府の対応が全く不十分であり、当局が放射性ホットスポットの報告に対応が遅れたことから、国民の不信はつのり、地域のコミュニティが、自分自身の手でクリーンアップしたり、放射能の監視活動を自分自身で行わなければならないところまで来ている」とGouldは述べる。 「それは、被災地のある部分のクリーンアップにはつながったが、森林と町の周辺地域に、行き当たりばったりで汚染土壌を散乱させたとの報告もあるのだ。」
「いくつかの場所では、青い防水シートの下に集積されている汚染土壌の塚を見ることができる」と彼は付け加える。

たとえ政府の支援を受けたとしても、達成することができる汚染除去には限界があると、Heflandは説明している。 「汚染物質をどうするか？　あなたは全体の表土をこすりとろうとするか？　どの深さまで表土を除きに行かなければならないのか？　そして、あなたは建物を洗って除染する場合、廃棄物の水はどうするのか？」

さらに、Ruffは、政府が設定する放射能汚染の高いレベルである除外ゾーンより、さらに外側の領域からでも自主的な避難ができるように補償の規定を調整する必要があると主張する。このような補償がなければ、多くの家族が滞在するしか選択がない、と彼は言う。 「この時点で、長期にわたって健康被害を最小限に抑えるため、唯一の最も重要な公衆衛生対策は、避難をはるかに広い範囲にすることだ。」

日本政府は、これらの質問に応答していない

DOI：10.1503/cmaj.109-4083
- バーバラシバルド、CMAからのファイルとローレンフォーゲル、CMAJ、

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         <category>情報リテラシー</category>
         <pubDate>Sun, 01 Jan 2012 17:49:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>矢作直樹著　人はしなない；ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索　　を読んで</title>
         <description>本書は、東京大学付属病院救急部・集中治療部の部長であり、東京大学救急医学分野教授である、矢作直樹氏が、幼少時から現在に至るまでの体験談を述べながら、科学と宗教について思索したものである。著者は登山家であり、危険な目に何度も遭い、ご自身の霊的な体験を述べられている。実存療法の創始者ビクトール・フランクルも登山家であり、どこかに共通するものが感じられた。また、医師として出会った患者さんの話にも霊的な事象があったことなど臨床的な体験も述べられている。東京大学の教授という立場にありながら、スピリチュアルなことを大胆に触れながら書かれていることに驚かされた。

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         <category>スピリチュアル</category>
         <pubDate>Sat, 31 Dec 2011 22:28:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第7回　慢性病患者ごった煮会のご案内</title>
         <description><![CDATA[第7回の慢性病患者ごった煮会を下記のように行います。

ごった煮会とは言ってもごった煮を食べる会ではありません。
一つの病気に限らず、色々な病気で悩む患者さんが、一堂に集まり、
6−8人の少人数のグループで自由に話し合える場を提供する会です。
ご自分よりちょっと先輩の患者さんの話を聴けることはとても参考になるようです。
また、ご自分の話を同じような体験を持つ人に聴いてもらえることは力にもなります。

患者に限らず、患者家族、医療関係者など、どなたでも関心のある方の参加を歓迎します。
参加費は無料です。　

気楽な雰囲気でやっています。
ちょっと関心があるかなとおもわれるかたは、躊躇せず思い切って参加して下さい。

慶應義塾大学　教授　加藤眞三


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011年12月吉日
ＮＰＯ法人肺高血圧症研究会
代表理事　重藤啓子

第7回　慢性患者のごった煮会のご案内


　ご利用者各位

　霜寒の候、みなさま方、お風邪など引いていらっしゃいませんか。
　さて、「慢性患者のごった煮会」を下記のように開催いたします。疾患に関わらず難病や慢性病の患者さんが集い、自分達の抱える悩みや不安を話し合う会です。どなたでも参加できます。参加費無料、予約の必要もありません。
　ファシリテータ代表はスピリチュアルケアにも造詣の深い慶應大学看護学部の加藤眞三教授です。この度も加藤先生はじめ、みなさまのご尽力で有意義な会になると存じますので、初めての方もぜひ安心してご参加くださいませ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<strong>記</strong>

＊日時：2012年２月４日（土）　午後１時半　～　4時

＊会場：慶應義塾大・信濃町キャンパス　孝養舎２階（エレベーターあります）
　　　　　　　　　　JR中央線「信濃町」駅下車　徒歩3分
　　　　　　　　　　都営大江戸線　「国立競技場」駅下車　徒歩５分　　
　　　　　　　　
＊食事会ではありません！お水とキャンディ等はご用意致します。
　　　　　　　　　＊お問い合わせ：　080-1819-1502
　　　　　　　　gioiamia7@gmail.com  重藤（しげとう）まで　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上
]]></description>
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         <category>スピリチュアル</category>
         <pubDate>Thu, 15 Dec 2011 11:13:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>脱新聞紙宣言からのレポート</title>
         <description>新聞紙をとらなくなってもう、10日になる。想像以上に快適だ。

満員電車の中で新聞紙を読むのは周りに迷惑をかけるし、あまりに混んでいれば拡げて見る事もできない。それに比べると、iPhoneやiPadであれば、狭いスペースでも読むことに困らない。 iPhoneやiPadに慣れてみると、流し読みも快適にできる。要は慣れの問題であった。

新聞紙があれだけ大きな紙に印刷され届けられるのも、単に昔は印刷が簡単であったという事と、みんながそれに慣れてしまったという二つの理由だろう。その大きさが読みやすいからではない。何故なら新聞紙以外にあんな馬鹿げた大きさの印刷物で、しかも印刷の質の悪いものは他にないことでもあきらかであろう。

新聞紙を読まなくなって、とりいれる情報が減ったかというと、むしろ質量ともに情報が増えた気がする。 新聞紙を読んでいた時は、一紙読むことで満足してしまっていたが、ネット上で読むと、疑問に思えば直ぐに別のサイトの情報源をあたり確かめる事ができる。また、NYタイムズやBBCなど英文の良質な情報に目を通す時間が増えることにもなった。

結局、新聞紙は時代遅れのものだ。これだけネット環境がユビキタスとなった時代には、もうなくても何ら困ることはない。

新聞の存在は、情報の百貨店のようなものかもしれない。政治面、社会面、経済面、文化面から小説まで一つの新聞でカバーしていたのだから。しかし、このような何でも屋は今やもう必要とされない。

しかし、それでも新聞社が良質の情報を届けているのなら、私は新聞紙の購読をやめなかっただろう。一番大きな理由は新聞社に対する怒りだ。</description>
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         <category>情報リテラシー</category>
         <pubDate>Sun, 11 Dec 2011 11:36:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>患者学　その１　急性病から慢性病の時代へ</title>
         <description><![CDATA[医と食　　vol　2 no 3　　２０１０より

「医と食」という雑誌で「患者学」というタイトルでエッセイを連載している。その記事をこれからアップしていきたい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<strong>その１　急性病から慢性病の時代へ
</strong>　
<strong>はじめに</strong>
　患者学という言葉を拙著「患者の生き方；よりよい医療と人生の患者学のすすめ（春秋社）」のタイトルに使って６年が経過した。この間、私は、患者学に二つの意味をこめて使ってきた。一つは医療者が患者から学ぶべきものとしての患者学、もう一つは病気を抱えた患者がより良く生きるための患者学である。両者はその対象がことなるために、一見関連がないように感じられるかもしれないが、真の意味の「患者中心の医療」を実現するためには両者を欠かすことはできないという意味で、密接な関連をもつと私は考えている。

　最近、病院機能評価機構の認定をえるためにそれぞれの医療機関に病院の理念が掲げられ、その中に「患者中心の医療」という言葉を目にすることが多くなったが、それが単に認定をとるためや、病院やクリニックの設備や食事などアメニティをよくしたり、医療者に「患者様」などとよばせたりと、どうもその言葉が単に患者の機嫌取り、あるいは患者を集めるための宣伝として医療者側の経営戦略に利用されているようにも思われる。

しかし、患者中心の医療は医療者側の努力や改善だけで実現するものではないし、患者側だけで実現できるものでもない。医療者は今までの医療の延長線上にはない新しい医療観をもたなくてはならないし、患者側も自分自身が本当に望んでいる生き方をしっかりと把握し、それを他人へと伝えることが必要だろう。医療者と患者側が互いに歩み寄って協働関係をつくられてこそ、真の「患者中心の医療」は達成できる。

その意味で「患者学のすすめ」は、患者中心の医療を実現するための医療哲学である。そして、それが時代変化の要求に基づくものであることを述べていきたい。



 

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         <category>患者学</category>
         <pubDate>Wed, 07 Dec 2011 16:53:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>孫引き引用の危険性　</title>
         <description> メラビアンの法則というものがある。ご存じだろうか？　いや、私自身そう言われても。この本（反社会学講座;著者パオロ・マッツアリィーノ、ちくま文庫）を読むまでは法則の名前を知らなかったが、その内容は知っていた。おそらく皆さんの多くもそうではないだろうか。次のようなものである。

 

「話し手と聞き手のコミュニケーションにおいて、話し手が与える影響がどのような要素で形成されるかを測定したところ、　見た目・身だしなみ・しぐさ・表情などが５５％、声の質（高低）・大きさ・テンポなどが３８％、話す言葉の内容が７％であることがわかりました。つまり、コミュニケーションにおいては話の内容は７％しか伝わっていないのです。ですから、言葉だけのコミュニケーションがいかに難しいものであるか、それをこの法則が教えてくれます。」

 

このような形で、非言語的コミュニケーションが大切であることを示す例として良く引き合いに出される。

実際に、「非言語的コミュニケーション」や「メラビアンの法則」をキーワードに検索すると

http://www.la3-beam.com/contents/mehrabian.html

http://noncommu.tants.biz/

http://charm.at.webry.info/200609/article_5.html

など、いくつものサイトで、この数字を引用し紹介している。

 

私は、この話の内容が７％というのは、あまりにも低い数値と思われたので、どんな状況でこのことを証明されたのだろうか考え、その原典を探ろうとしたことがあったが（余り十分に努力はしていませんが）、原点には行き当たらなかった。

 

不思議な縁で読むことになった本、「反社会学講座」がその解答を用意してくれていた。

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         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/12/03/post_134.html</link>
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         <category>医療情報</category>
         <pubDate>Sat, 03 Dec 2011 14:01:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本の4大新聞に対する怒り</title>
         <description>今日から新聞が来なくなった。

なんだか清々した気分がする。10歳の頃よりほぼ毎日見ていた新聞だが、今は新聞などなくても困らない。ネットで有益な情報が時々刻々と得られる。テレビも必要なくなった。

新聞は社会への窓だとずっと考えていた。
しかし、その社会の窓は酷く着色されているガラス窓であった。
そのことに原発事故で気づかされた時、新聞への信頼が怒りに変わった。

私はニューヨークに留学中、ニューヨークタイムズを読んでいたが、その情報の分量の多さと、幅広さ、そして安価さに驚かされた。ニューヨークタイムズには世界の記事が詳しく出てくるし、いわゆる社会のゴシップ記事などは小さい取り扱いとなっていた。
そもそも、ニューヨークタイムズでは大きな活字を使わない。大きな活字を使うのは、低俗なタブロイド紙だけだ。日本に帰国して気づいたのは、読売も朝日もちょっとした事件がおきると一面に大きな活字を使うことだ。

私は、新聞の質が低いのか、国民の意識が低いのか、あるいは両方なのかと思ったが、朝日も読売も発行部数を誇る新聞だから、大衆に合わせてタブロイド紙のような構成でもしようがないのかとも考えた。内容も大衆に合わせようとするとゴシップのようなものになってしまう。

「発行部数が世界一でなくてはいけませんか？」
いや、そんなことはない。発行部数が少なくても、内容を誇っている新聞は世界にはいくらでもある。そして、新聞が政府をちゃんと監視している。

原発に関して驚いたのは、新聞社の上層部が東京電力に取り込まれていることである。日経や読売が原発推進に取り込まれるのは解るが、朝日新聞などはその読者の期待への裏切りははなはだしいというべきだろう。

会社の上層部が東電に取り込まれていなかったとしても、あれだけ広告費が出されていれば、逆らうことはできないだろう。広告費に依存している分、大企業優先の記事になる。円高、円高と騒いでも、実際には国民はそれで潤ってい面があることを口に出そうとはしない。TPPもしかり。

着色されたガラス窓に気がついた今、新聞を購読する気はしない。
ニュースの速報性はテレビに負けていたが、テレビニュースは時間が規定されるのに対して、新聞はいつでも読めるし、記録として残るというメリットがあった。

しかし、速報性にしても、自由な時間に閲覧できる、データベースとして検索できるという点にしても、すでに紙ベースの新聞はインターネットに負けてしまっている。しかし、紙ベースにこだわり続けている。
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         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/12/01/4.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Thu, 01 Dec 2011 11:26:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「いのちの思想」を掘り起こす――生命倫理の再生に向けて [単行本] 安藤 泰至 (編集) 　岩波書店</title>
         <description>生命倫理がともすればハウツー物になるなかで、いのちということに焦点をあてて、わが国で生命倫理の思想を生み出してきた源流と思われる4人を採りあげて、5人の分担執筆で構成されている。

私が現時点で読んだのは、第一章「上原専祿の医療・宗教批判とその射程」（安藤泰至）と第三章「いのち・病い・死・癒しの語りべ　中川米造論へのメモ」を採りあげた二章である。

第一章は、東京産業大学（現一橋大学）の学長であった上原専祿について編者の安藤泰至氏により書かれている。妻をがんでなくした上原がたどった自分をも含めての厳しい生き方は、現在の医療と宗教のあり方について再考をうながすものであった。

医師としての立場から見れば、上原の妻の病気はある程度しようがないと思われる状況ではあるが、上原は妻は「医療によって殺され」たと断じ現代医療のあり方に疑問を呈する。ここでは、むしろ、診断や治療そのものよりも、医師の患者に対する関わり方に疑問を感じたのではないかと考えたれた。
上原氏は、また、現代日本の宗教に対しても大変厳しい見方をされ、形骸化した宗教に対して警鐘ををならしている。安易に死者をあの世に送り込むのではなく、日蓮の思想に原点を求め、「死者との人間関係を生活の中でももちつづけていく」ことが、釈迦の誓願であるとした。

生命、病気、死、そしていのちを大切にし、それを自分の生活の中に求めた思想家の片鱗に触れることができた。
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         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/11/24/post_133.html</link>
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         <category>スピリチュアル</category>
         <pubDate>Thu, 24 Nov 2011 20:35:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>患者の力を弱めるもの（ディスエンパワーメント）</title>
         <description><![CDATA[　　　　　　　<em>「医と食」　20011年　第3巻５号より</em>

<strong>はじめに</strong>
　エンパワーメントという言葉をご存じでしょうか？　糖尿病の栄養指導を行っている人では、米国糖尿病協会から出されている患者指導のためのテキスト「糖尿病エンパワーメント」を知っている方も多いのではないかと思う。エンパワーメントとは、自分で自分のことをコントロールする（自律する）力を取り戻すことを目指す概念である。

　一方で、医療者は無意識のうちに患者の力を弱めてしまっている（ディスエンパワーメント）ことに気づくべきであろう。医療の場でのディスエンパワーメントを少なくし、さらにエンパワーメントの要素を増やそうというのが今回のテーマである。]]></description>
         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/11/16/post_132.html</link>
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         <category>患者学</category>
         <pubDate>Wed, 16 Nov 2011 14:10:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第6回　慢性病患者“ごった煮”会のお知らせ</title>
         <description>下記の予定で慢性病患者ごった煮会を開催します。

どなたでも参加可能です。興味のある方は参加して下さい。
参加費は無料です。

　　　　　　　　　　　　　　　　加藤眞三
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2011年9月吉日
ＮＰＯ法人肺高血圧症研究会
代表理事　重藤啓子

第6回　慢性患者の“ごった煮”会のご案内


各位

　ようやく秋らしい良い陽気になって参りましたね。みなさま方にはご清祥のこととお慶び申し上げます。
　さて、「慢性患者の“ごった煮”会」を開催いたします。同じ病気の患者さんだけでなく、色んな病気を持つ仲間達（ご家族も含む）と小グループに分かれてお話する会です。悩みや喜び、今思っていることなど、何をおはなしになってもＯＫです。みんなで「患者の達人」を目指しましょう！
　ファシリテータ代表はスピリチュアル・ケアにもご造詣の深い慶應大学看護学部の加藤眞三教授です。この度も加藤先生はじめ、みなさまのご協力で有意義な会になると存じますので、初めての方も是非、お気軽にご参加くださいませ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
記

＊日時：2011年11月19日（土）　午後１時半　～　4時

＊会場：慶應義塾大・信濃町キャンパス　孝養舎２階（エレベーターあります）
　　　　　　　　　　JR総武線　「信濃町」駅下車　徒歩２分
　　　　　　　　　　都営大江戸線　「国立競技場」駅下車　徒歩５分　　
　　　　　　　　
＊参加無料（食事会ではありません！お水とキャンディ等はご用意致します）
　　　　　
　　　　＊お問い合わせ：　
　　　　　gioiamia7@gmail.com  重藤（しげとう）まで


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上
</description>
         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/11/01/6_2.html</link>
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         <category>患者学</category>
         <pubDate>Tue, 01 Nov 2011 09:00:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>誤って流した情報の訂正</title>
         <description>このサイトの目的は情報を読む力をもとうということである。
今回の地震と原発事故を通して、マスコミの信頼性は大きく低下し、インターネットを通した情報の重要性を痛感させられた。

しかし、その一方でインターネット上の情報には大変危うい面がある。

八王子でアメリシウムが検出をという情報を突然見た時、私は「ええ？と」感じた。
しかし、それが＠niftyニュースに出ていたので、
「これ信じてよいものかどうか留保付きですが」とニュースをリツイートした。
９月１８日  (@katoshinzo)
 http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yucasee-20110917-8945/1.htm
（すでに削除済み）

そして、その原典であるENENEWSを確認し、それを読んで、かなり詳しく書かれていたため
http://enenews.com/alert-americium-241-found-soil-west-tokyo-74-becquerelskg-dangerous-plutonium-241

「どうも本当のようです。」と９月１８日にコメントをしてこの記事を引用しリツイートした。

しかし、そのニュースが間違いであったということが判明し、ENENEWSは記事が削除され、＠niftyニュースには訂正記事が出された。
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yucasee-20110918-8953/1.htm

インターネットの情報は判断が難しい。
もっとも科学雑誌ScienceやNatureであってもデーターのねつ造は見破ることができず掲載されてしまうことがある。

しかし、私はこのように誤報をしたことを訂正する情報源は信用する。

日本のマスコミは原発事故以来の誤報をどれだけ誤報を流し、それを訂正したというのだろうか？
このことにより、ますます日本のマスコミの信用は失われていく。



参考までに、アメリシウムの検出に関して以下のブログに詳しく書かれている。
情報リテラシーの難しさを考えさせられた。
http://onodekita.sblo.jp/article/48008908.html

</description>
         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/09/22/post_131.html</link>
         <guid>http://melit.jp/voices/katos/2011/09/22/post_131.html</guid>
         <category>医療情報</category>
         <pubDate>Thu, 22 Sep 2011 12:55:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「人生、ここにあり」　　イタリア映画の推薦</title>
         <description>　1978年イタリアでは世界初の精神科病院廃絶法バザリア法が公布され、精神障害者は病院から社会へと解放された。

それまで病院に押し込められ薬漬けにされてきた精神障害者を社会に戻すためにつくられたトリエステのノンチェッロ協同組合。協働組合での初期の頃の悪戦苦闘ぶりが映画化された。

俳優の迫真の演技表現力にも驚かされるが、喧嘩あり恋愛ありの実話に基づいた説得力あるストーリが笑いと涙のなかに展開される。


　現代医療は患者を管理しディスエンパワメント（無力化）している。
これからの医療では患者が自立することを援助することが求められる（と私は考えている）。

医療者には、援助者のあり方とは、エンパワメントとはについて深く考えさせられる好映画である。

患者さんにとっても励まされることであろう。

そして、それは精神障害だけでなく慢性病の内部障害者のエンパワメントにも通じる。

現在、全国ロードショーが行われている。

是非一人でも多くの人に観ていただきたい。
http://www.youtube.com/watch?v=3AZleEjaiZw
http://jinsei-koko.com/

http://www.yuki-enishi.com/psychiatry/psychiatry-14.html



</description>
         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/09/19/post_130.html</link>
         <guid>http://melit.jp/voices/katos/2011/09/19/post_130.html</guid>
         <category>病気と社会</category>
         <pubDate>Mon, 19 Sep 2011 13:11:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>わが国の肝臓病教室の普及と発展     その１ 曙光がみえてきた</title>
         <description>　私が本サイトMELITを起ち上げ際の大きな目標は、医療における情報リテラシーを高めることにあったが、もう一つの目標として、1992年より開いてきた肝臓病教室を全国に広げることをかかげていた。第2の目標が達成されつつあることを最近実感している。そのことを報告したい。

　厚労省の肝炎対策室より依頼をうけ、2010年8月2日に開催された第2回肝炎対策推進協議会で、肝臓病教室について講演する機会を得た。肝炎対策室は2009年肝炎対策基本法の成立により、肝炎の予防・早期発見・療養に係る経済的支援等の施策を総合的に推進するために作られた部署である。長年の肝臓病患者による運動の賜物といってよい。

　そして具体的にどのようなことを行っていくかを決めていく組織が肝炎対策推進協議会である。行政側と医療者だけでなく、患者団体、マスコミや識者などにより構成されている。

　同協議会の議事録はインターネット上に公開されている。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000mlor.html

　また、同協議会で私の講演したスライド原稿は
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000itel.html　の資料6として公開されている。



　次に、2011年7月15日には、国立国際医療センターの肝炎情報センターで都道府県肝疾患診療連携拠点病院間連絡協議会がもたれたが、それに引き続いて開催された医師向け研修会で、私は「肝臓病教室による情報提供の理念とその現状」のタイトルで講演する機会を得た。</description>
         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/09/03/post_129.html</link>
         <guid>http://melit.jp/voices/katos/2011/09/03/post_129.html</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Sat, 03 Sep 2011 11:02:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第5回患者ごった煮会のおしらせ（2011年9月10日）</title>
         <description><![CDATA[「慢性病患者の“ごった煮”会」を下記のように開催いたします。関心のある方はどなたでも参加を歓迎します。

<strong>ごった煮会の趣旨</strong>　
　難病など慢性病を抱える患者さんは、身体的だけでなく、心理的、社会的、スピリチュアルに多くの苦悩を抱えています。

「どうしてこんな病気になってしまったのか？」、「なぜ自分が？」、「病気をかかえてこれからどうやって生きていこう？」などの悩みはつきないと思います。このような悩みはスピリチュアルな悩みと呼ばれます。しかし、その様な問いに客観的で正しい回答はありません。それぞれの人が、自分自身の中で納得できる回答を作り出さなければならないのです。

　一人で悩みを抱え込んでいても抜け出すことは難しいでしょうが、同じ病気を持つ人の話を聴くことにより、そして自分の悩みを話すことにより、回答に早く近づくことができます。自分よりちょっと先輩の患者さんの話はとりわけ参考になるようです。

　同じ病気の患者さんだけでなく、色々な病気を持つ患者さん（ご家族も含む）が小グループで話し合うことにより、病気を抱えながらもよりその人らしく生きられることを目標に集まりまっています。
　
　スピリチュアルな悩みといっても誰それの霊が見えるなどという集まりではありません。また、特定の宗教が関係する場でもありません。WHO（世界保健機構）の小冊子でも述べられている「生きがいや生きる意味に関する悩み」としてとらえてご参加下さい。]]></description>
         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/07/13/52011910.html</link>
         <guid>http://melit.jp/voices/katos/2011/07/13/52011910.html</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Wed, 13 Jul 2011 08:53:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>肝臓病教室のお知らせ</title>
         <description>２０１１年６月の「肝臓病教室」を以下の通りに開催します。

ご家族や慶應大学病院に通院中でない方にもオープンにしています。
どうぞご自由に参加下さい。

日時；　　　２０１１年６月２５日土曜日　１３時より１５時まで
場所；　　　慶應大学信濃町キャンパス　孝養舎４階　４０１教室
テーマ；　「肝硬変とその合併症の治療について」　　
　　　　　　　　　　　　　　　医師　山岸由幸
　　　　　「肝臓病と栄養」
　　　　　　　　　　　　　　　栄養士

肝臓病教室が全国的に広まろうとしており今回４施設からの見学があります。


</description>
         <link>http://melit.jp/voices/katos/2011/06/22/post_128.html</link>
         <guid>http://melit.jp/voices/katos/2011/06/22/post_128.html</guid>
         <category>肝臓病</category>
         <pubDate>Wed, 22 Jun 2011 09:32:20 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
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