地域にお産センターを作ることが計画にあるようですが、なんだかそれもちょっと違うような気も・・・最終手段であって欲しいです。
医療はどこへ向かっているのかというのは、患者から見てもそう思います。
産科医と小児科医の過酷な勤務状態は、産科に入院したことのある患者なら、誰もが知っているとおもいます。
実際7日間の入院中に、いつもいる助産士さん・医師の姿を見ては、同室のママ同士で『いつ休んでるんだろうね?』って話題もなっていました。
だからこそ産科医にも小児科医にも、とっても感謝もしています。
お産は命がけ“だった”と思ってしまうのは危険だということも、もう少しアピールするべきかもしれませんね。
お産はいまでも命がけ。
そうアピールすれば家庭内でも、母親に対する感謝の度合いが違ってくるかもしれませんよね。
それにしても、割り箸で死亡した子どもの事件にしても、今回の事件にしても、病院に行けば全て治るかのように考えている方が多いのでしょうか・・・?
今の医療を患者側から見ていて、自分の娘がどんなに優秀だったといても、医師にだけはなって欲しくないです・・・。
投稿者 じゅんさん : 2006年03月28日 02:36
貴族と国王、貴族とジェントリー(大規模農園主)が争いながらも会話を続けてきた、革命でもなく一揆でもなく、そこには会話があった。
ウエストミンスター寺院での会話が近代民主主義の下地を作ったといわれていますが、僕もその通りだとおもいます。
現代では、それが法の場所に移り、裁判による判例や多くの人の声が収斂した法の制定時の議論へと変わっていってるのだと思います。
刑事であれ民事であれトラブルがあり、それが公の利益や経験にかかわることならば一端は法廷に持ち込むべきだとも僕は思います。その中でそれが医師が絡むことであれば、医師は自らの権利と責任の範囲を明確に主張する。そして、それに正当性があれば判例として残る。あるいはより公共にかかわることならば法制化する。
それでいいんじゃないでしょうか。
ただ訴えられるだけで悪とする風潮は法治国家としてよろしくないことだと思います。
医師不足に関しては楽観してもよろしいんじゃないでしょうか。
責任や権利の主張におびえるならばそういった人たちは去っても仕方ないのではないでしょうか。
人を救うという職業に尊厳がある以上
責任や権利の主張を誇りとする新しい世代が生まれるきっかけにもなると思います。
投稿者 リンゴ親方さん : 2006年03月28日 09:20
先日、息子の友人達の集まりに顔を出しました。
これまであたりまえのこととして全国にありました良き産科婦人科病院が、これからはどんどん減って貴重な病院になってしまうのかもしれないのか・・という複雑な思いでいます。TB試みましたがうまくいっていないようです。すみません。
投稿者 水井パセリさん : 2006年03月29日 13:42
じゅんさん。 私の娘二人も私を見ていると医師にはなりたくないと思ったようです。
リンゴ親方さん程、医師不足に楽観してよいのかどうかは疑問ですが、医師の総数はそう変わるものでなく、偏在が問題なのでしょうね。きつくて、きたなくて、危険といわれる科に医師がいなくなると困るのは患者さんです。そして、いったん偏在するとますます忙しくなり条件が悪くなるという悪循環になることが心配です。
パセリさん。医学生にはやりがいのある職場を選んで欲しいと思いますが、私たちが卒業した頃に比べると明らかに条件は悪くなっています。
投稿者 加藤眞三さん : 2006年03月30日 12:24
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