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2005年07月11日 医師憲章の3つの原理

医師憲章には3つの原則として、 1)患者の福利の優先、2)患者の自律性、3)社会的公正が掲げられている。それぞれに大きな意味があり、そして関連しあっている。この3つの原則は、これからの望ましい医療のあり方を考える上での根幹になるべきものである。以下に私見を含めて解説したい。

1)患者の福利を優先することは、当然のことといえば当然である。しかし、あえてここに挙げられたことは、それが現実の医療の場では守られていないことを意味する。医療の現場では、患者が金儲けの対象とされたり、研究の材料にされたり、政治の道具に利用されたりと、患者の福利以外が優先されている場合もおおい。そのことを確認する意味でここに挙げられたと解釈したい。

ここには、利他主義を医師患者関係の基礎において信頼関係を築くべきであることが書かれている。つまり、市場原理ではなく利他主義を医療の原理にしようとするものだ。医療や福祉を、市場原理に任せることの危険性を認識しているからであろう。そもそも医療や福祉は、社会の中での困った人や弱者を対象と社会の互助活動である。弱者を大切にする社会であればこそ、その社会の中で、人は安心して暮らすことができ、幸せを感じて生きることができる。弱者切捨ての社会は、強者や大金持ちなどごく一部の人だけしか幸福になれない社会であるが、実はその一部の人さえも幸福を感じることは難しい。

医療において効率や能率を上げる努力が必要であることは認めるが、少なくとも採算性や儲かることだけを目的とするようであれば、その社会に住む人は恐らく全ての人が不幸になってしまうであろう。
利他主義を原理とする社会を構築することができれば、その社会で人は幸福になれる。このような宣言を高らかに掲げた医師憲章であり、余りにも理想主義と思われるかもしれない。
しかし、利他主義をつらぬくことにより、個人にとっても社会全体にとっても幸福になる人が増えることを実感できる世の中にすることが、何よりも大切であろう。

2) 3つの原則の中で最も新しい時代の流れをくむものが患者の自律だ。ヒポクラテスの誓いにみられる、いわゆる父権主義(パターナリズム)に対する批判に答えるものとして、ここに掲げられている。患者の生き方は、患者自らが決めるべきであるとの宣言である。
その背景には、医療において選択肢が多様化したことと、民主主義の世の中で個人の価値観の多様性を容認する社会となったことなどがある。 画一的な価値観を持つことは、産業の効率や能率の面からよい場合があるが、それはある一定の方向に社会が動いている時のことだ。確かに、戦時下の軍隊とか高度成長時代の経済界ではそれが望ましかったのかもしれない。 しかし、変革期で社会の構造に大きな変動が生じるときには、価値観の多様性がむしろその社会の強さとなる。時代が大きく変化しようとする今こそ、価値観の多様性を尊重する社会の構築が望まれるのであろう。

3)社会的公正。私はこの番目に挙げられた原則を心から歓迎する。強者や金持ちだけが優遇され命をながらえることができる医療であれば、その社会の中では誰も幸せになれるものはいない。
患者はもちろん、医師にとっても同様に不幸となろう。この患者は金持ちだからこの治療を、この患者は金がないからこの治療をと、患者の経済状況をみながら考え悩む医療は、ご免こうむりたい。
米国は、この社会的公正に関して一番問題を抱えている国であると考えられるが、日本はそれを追従しようとしていることを認識しなくてはならない。

この3つの原則は、それぞれがお互いに深く関係するものであり、切り離して考えることはできない。
それにしても、ここに掲げられた原則の理想は高く、現実からははるか遠い。しかし、このような高い理想を共通の基盤として医師と患者が協力・協働してこそ、望ましい医療の構築が可能となるのであろう。

「理想を見つつ現実をはなれず、しかも現実を一歩ずつ向上させねばならない。
永遠を仰ぎつつ現在をはなれず、しかも現在を一歩ずつ向上させねばならない。」
                                   (出口日出麿著「生きがいの探求」より)

投稿者 katos : 2005年07月11日 01:51
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コメント

個人的には、この先国家の財政が破綻をきたすような激動の時代を迎えるような状況にあっても、日本の医療制度と教育制度は最後まで残ってほしいと思います。そのためにも、その中身の実態は光輝く優れた内容でなくてはならないでしょう。今かかえている様々な制度疲労は、政治家任せではなく医療者や患者さんたちが声を上げて改善してゆかなければならないのではないでしょうか。この憲章は理想的なものですが、ひとりひとりの努力によってきっと実現できることと思います。

投稿者 Lindaさん : 2005年07月14日 12:09

そうですね。皆の使う社会制度は政治家や官僚任せにしていてはいけません。

この格調の高い医師憲章は、おそらく今後長い期間にわたって医師の行動規範となるものです。一人でも多くの医師に知ってもらいたいし、一人でも多くの患者さんや国民の皆さんにお伝えしたいと思います。そして、この医師憲章を基に医療の維新に望みたいと思います。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月16日 22:14

<医師憲章3について>
私は人工呼吸器と在宅酸素療法を現在適用しながら10年生きています。過去に、某大学病院x医師から、”人工呼吸器患者って、お金がかかるんだよね。払えないから、自分から人工呼吸器を装着しないという決断をする患者も結構いるんだよね”と、言われました。かつ、”長期に使って生きていかねばならない患者はめんどうなんだよね”、と。当時は苦しさから逃れるのが必死であったため、とにかく、なんでも良いから、やってくれ、という感じでした。しかし、これで生きてきていますが、実際には、10万/月費用が必要です。
今、支払いは可能ですが、不可能になる時期になったら、どうしよう、という感覚もあります。
現実には、このような医師も存在するし、支払わない患者は人工呼吸器や酸素をはずして、苦しみ、死ねということです。医療者側に、このような考えがあること自体、とても残念です。医療道徳というか、医師とは何かを教育しなければならない残念な時代になっているのではないでしょうか。道徳的におかしな医師を世に送らない制度にして欲しいです。

投稿者 患者Aさん : 2005年09月25日 13:59

実は医療の道徳の問題はどの時代にもあったのです。
ですから、これを単に時代のせいにせず、今の現状をどのようにすれば良くなるのかを考えていかなければなりません。

医学部に入学時にどのようにしてよい学生を選択をできるのか?それを誰が判定するのか?
医学部の教育で道徳は身につくのか?それを誰が教えるのか?
卒業後の25歳を過ぎた大人に道徳教育は可能なのか?
道徳的におかしな医師をどのように判定するのか?
そして、どのように処分できるのか?

などなど、チョッと考えただけでも問題は山積みです。

私は、患者さんからのフィードバックも大事な時代を迎えていると考えています。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年09月30日 19:53

この医師憲章は医学概論とかで、入学最初に教育されるものではないのでしょうか?医師と患者がこのことを知っていればおそらく医療の不審も減るでしょうし、医師の意見の全面受け入れはないと思います。
人間の体、部品名だけでなく、薬の使い方、簡単な、病気の知識を義務教育期間中に取り入れ、重症、軽症の判断、薬の基本的な使用法等を生きていく上で重要な課題として取り組んでいくようにしてはどうでしょうか?

投稿者 患者Aさん : 2005年10月01日 12:45

医師憲章を教えることは勿論必要なのですが、これをどのように教えるかが問題です。単に知識として教えてもそれは身につくものではありません。結局、それは知識でなく態度であるからです。

来週から医学部の選択授業として「患者学」がはじまります。ディベートを多くして、考える授業にしたいと思っています。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年10月08日 00:33

医療の恩恵を受けて生きている患者です。
毎日、医療者と接しているので、いろいろな場面を見ます。
一方、私は科学者でもあります。最近は全ての科学部門で学会員の行動規範が示されています。
そのひとつ、化学会では、会員に会員証が配られ、学会時や発表時に会員番号等を確認するために見ざるを得ない状況ですが、ここには、やはり、科学者としての最低限のことが書かれています。”会員は人類、社会、自らの職業、地球環境および教育に対して専門家としての責務を負う。この会員証は化学者の証と誇りのために配布されています。
医師は科学者であり、しかも命を左右するという重大な使命を請け負っていると思います。全ての医師が科学者としての誇りを持ち、教養のある人格形成がされた、人々が尊敬できる人材に育ってくれることを望みます。

投稿者 患者Aさん : 2005年10月09日 11:26

科学者に対して、私は幻想を持っていません。科学はそのような価値観や人格形成とは別のものだと思うからです。だからこそ、職業倫理の教育が必要ということになりますが。

科学者としての誇りではなく、人としての尊厳を重んじる医者を育てたいと願っています。

勿論、科学の進歩を否定するわけではありませんし、科学の恩恵が大きいことは十分に承知しています。しかし、医療に関していうと科学者であろうとして、医療をゆがめている例をいくつも見ているからです。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年10月10日 02:39



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