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2005年07月01日 こんないいことあったよ。医療現場でも。

医療現場では、嫌なことだけではなく、いいこともあったはずです。
実は良いことの方が多いかもしれません。
不快なことがあった時に、人は不満をいいますが、
良かったことを話題にする人は少ないですから。

医療の現場で絶望してしまい、
もう病院など二度と行きたくないという人もいるでしょう。
そんな人でも、必要のある時に病院にまた行くことができるように。
あなたの病院での良い経験を、ご披露願えませんでしょうか?

願う、ゼロではないことを。

投稿者 katos : 2005年07月01日 15:27
コメント

無い(嘘。
今の治療を始めるとき、二週間の入院がありました。非日常である入院生活の中にも、なんとなく人とのふれあいや温かみ、善意みたいなものや前向きな心、そういうものが漂っているようなところ、それが病院でした。
バカな話なんですが、ペグインターフェロンを始めて注射するとき、「一緒に治る事を祈りながら」なんて頼みました。「私の注射は痛いけど効くよ」といいながら、それほど痛くない注射をしてくれた、看護師さんには感謝しています。最後の注射も、この人にしてもらいたいとひそかに思っています。
あの、良いこと、幸せなことって、それほど特別なことではなくって、普遍的なことの再確認なんだろうな、なんて思います。
だから、あえて、書くほどの事は。

投稿者 藤居芳生さん : 2005年07月02日 00:26

そうなのです。何でもないことで、実は喜ばれていることって意外に多いものです。ブログ加藤眞三 5月26日に記事「小さな喜び」をアップしていますが、こんなことでも喜ばれているってことを、医療者はもっと知るべきなんだと思います。人に喜ばれることが好きで医療に入った人も多いはずですから。http://katos.at.webry.info/200505/article_21.html


それ程、特別なことではなくても、何かいいことがありましたら、是非教えてください。あえて、わたしは書いて欲しいのです。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月02日 01:45

私がIDDMで通院している病院は、入院施設のない小さな個人病院です。医師が1名、看護師が4〜5名、事務員が2名ほど。実は私は、この病院が大好きなのです。
何故かといえば、スタッフが全員とても優しくて親切で、笑顔を絶やさない人たちばかりなのです。毎回、とても気持ちよく診察を受けることができます。
お年寄りの患者さんがいればちゃんと顔を近づけてゆっくりと話し、歩くときには傍に立って体を支えてあげます。採血や処置をするときには、必ず「体のお具合いかがですか」と訊いてくれ、注射針から注意をそらすように配慮してくれます。何か連絡事項があるときは患者さんを呼びだすのではなく、わざわざ待合室まで来て、患者さんが座ったままで話が聞けるように配慮してくれるのです。
忙しい大病院にありがちな「慌ただしく走る」「笑わない」「事務的」「喋らない」スタッフの姿はどこにもありません。小さな病院だから患者数も少なく、どことなくノンビリした雰囲気がある点も好きなのです。だからこそきめ細かい配慮ができるのかもしれませんが、とにかく患者に不安や不快感をできるだけ感じさせないようにしようという病院の配慮が随所に感じられるので、いつもすがすがしい気持ちにさせられてしまうのです。
これって、医療技術云々とは別の次元で、とても大切なことですよね?

投稿者 GOROさん : 2005年07月02日 09:59

はじめまして。B型肝炎ウイルス保持者のta_daと申します。
こちらが発足してから毎日拝見させていただいています。

私は昨年、近所の病院に入院しました。B型肝炎ではなく「鎖骨骨折」でです。
生まれて初めての入院、そして初めての手術でした。
「鎖骨骨折」が当初の予想より相当複雑な折れ方だったらしく結果的に手術は失敗でした。
当初の退院予定の前日になって「再手術」を勧められ
会社のこと、家のことなど予定が大きく狂い、私自身恥ずかしながら泣いてしまいました。

その時、手術をしてくださった病院の院長先生が率直に
「ごめんね」と言ってくださいました。
私にはその言い方から本当に「申し訳ない」という気持ちが伝わってきました。
だから不満が消え、嬉しくさえ感じました。

再手術は大学病院から整形専門医が2名来てくださり手術は無事済みました。
ちなみに院長先生は麻酔担当をしてくださいました。

ミスは日常どうしてもゼロにはできないでしょう。
そのミスが発生したときの対処というものが「不満を打ち消す」こともあるのですね。
もちろん医療はミスが「命」にかかわることもあるので大変難しいとは思いますが。

そして、もうひとつ。
非常に素晴らしい「消化器内科のお医者様」がB型肝炎キャリアだとの発言を拝見しました。
私にとりまして「大きな心の支え」ができました。

投稿者 ta_daさん : 2005年07月02日 11:11

GOROさん。 小さな診療所であれば開設者の気持ちも隅々まで行き届くのでしょうね。そんな診療所が増えると良いのですが。そうすれば大病院に患者さんが少なくなり、大病院も変われるかもしれません。一つは時間的余裕ができることと、もう一つは経営上の問題です。やはり、良いかかりつけ医を見つけ出すことが一番ですね。

ta_daさん。 良い話ですね。ブログ加藤眞三の6月25日と30日の記事とも関連することだと思いますが、正直に伝えることにより信頼関係は作ることができるのでしょうね。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月03日 07:16

やっぱり、お仲間の方が検査結果で陰性化したとき、お医者さまが書き込んだ花丸。こんなお医者さんいるんだ。これは感動しましたよ。http://white.ap.teacup.com/hatirou/43.html

投稿者 CXQ02002さん : 2005年07月03日 08:09

私は3人目を産む際にC型肝炎にかかっていることがわかりました。産院では私が3人目であることが肝炎であることを知っていると思ったようでいきなり看護師さんに「あなたは感染者だから他の人とは色々と違うことがあるけれど差別じゃないから」と他の患者さんの前で言われ、意味がわからない私に入院の説明を始めました。私のショックはどれだけかわかりません。そしてそこでのお産は嫌な辛いことばかりでした。
4人目が出来たとき、病院に行くことが怖かったのですが、評判のいいところを選びました。そこではとても安心して産むことが出来ました。同じ病気を持っていてもこんなにも違うんだと感じました。先生も看護師さんもいつも笑顔で接して下さり私を励ましてくださいました。「区別」などというものはまったく感じさせず安心して子供を産むことができました。3人目もここで産めばよかったと後悔するほど、いい先生いい看護師さんでした。この大きな違いはどうして?と思います。

投稿者 きりんりんさん : 2005年07月03日 11:35

cxq02002さん。 花丸って何だろうと思いましたが、あちらのブログを見て解りました。こんな医師患者関係ができるとよいですね。

きりんりんさん。 時々その3人目の医院のようなところで傷つき、もう二度と病院には行きたくないという人もいます。このような4人目の病院もあることを知ってもらえるとよいですね。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月03日 18:10

以前慢性硬膜下血腫で入院していたとき
深夜に点滴が漏れて痛み出し、ナースコールをしたんですが夜勤のナースさんは新卒の新人
薄暗い中、必死で針を刺し直してくれました
幸い一発でうまく行き、思わずナースさんもへたり込んでしまいました
新人だからと言う事もあるでしょうが、その必死さに感動してしまいました
でもその後の会話で、始めてうまく行ったと聞いたときはちょっと冷や汗でしたが(笑)
やっぱり入院中は患者は不安なもの
ちょっとしたことで感動したり、逆に不安になったり
彼女以外にもたくさんのナースさんにお世話になりましたが、皆、一生懸命さが伝わってきました
でもナース同士の内情はいろいろあることも聞いちゃいましたけど(笑)

投稿者 sasadonさん : 2005年07月05日 00:02

いい事考えてみたんだけど、印象深いのは先の投稿ぐらい
後はない・・・のではなくてありすぎてというか入院、しかも長期(なのかな?1ヶ月ぐらい)中はいいことがいっぱいあるから普通に思ってしまっていることが多いかも
人間どうしてもいやだったことが印象に残ってしまいますが、いい事は続くと当たり前に思ってしまう傾向がありますね
後から思うと感謝感謝なんですが、その時は結構わがままになっていたんだと思います
良かった事、特に印象に残っている以外はいっぱい有り過ぎて書き切れませんね

投稿者 sasadonさん : 2005年07月05日 00:41

はじめまして
私の場合は・・・
母が末期ガンで入院し最後は水しか飲めませんでした。(部位は原発は卵管、その後肝臓と腸壁に転移)そんなとき、ある日、病棟の看護師さんが「昨日は非番だったから」と言って、わざわざ「名水100選」に選ばれた水を汲みにいってペットボトルにいれて持ってきてくれ「これは延命の水で有名らしいから」と。もともと母は匂いに敏感で水道水は飲めませんでしたのでいつも「六甲●水」のペットボトルの水を「吸飲み」に入れて飲ませていたのです・・・。
夜勤や準夜勤、日勤も順番にこなしてお疲れなのに、わざわざ遠いところまで水を汲みに行ってくださった看護師さんのお気持ちが何よりも「ご利益」というか、あたたかく感じられました。

投稿者 Kさん : 2005年07月06日 04:56

義父の手術前後、病棟で3人の医師が担当されました。若い医師、執刀された中堅の医師、全責任を負われる立場?かと推察されるベテラン医師。主治医としてベッドの頭のカードに三名が記されていました。治療の中心となられたのは中堅の医師。病状、治療法、経過、の説明のみならず、義父が何を聞きたいか、知りたいか、感じているかをいつも尋ねてくださいました。若い医師は時間を作っては義父のベッドに来て、病気以外の話をしばしばしてました。「故郷にいる父を思い出し、つい来てしまいます。○○さんとお話すると落ち着くのです」と義父に語る言葉を耳にし、涙がでました。
ベッドに横たわる日々が続き、自身の存在意義を見失いがちだった義父にとり、どれほどの励みとなったかと思います。見るからに教授然としたベテラン医師が「おお!すばらしい回復力だ!」と定期的に感心の言葉を置いていかれるのも義父には花○をもらうようにうれしかったようです。

※ブログのコメントに書き込んだ内容なのですが、ぜひこちらにもご披露したく、一部手を入れて投稿します。え〜、著作権は私ということで、問題ないありませんよね?

投稿者 body&soulⅣさん : 2005年07月06日 19:45

sasadonさん。kさん。B&Sさん。 良いお話をありがとうございます。

この場を提案された昼行灯さんのように、基本的には医療者は他の人に喜ばれることを楽しみにしていますから、こんなお話を披露されると、よし私だって今度はと、がんばろうとする気になると思います。

逆に医療現場で患者やその家族として傷つき、もう戻れないと思っている人にも、このようなことがあることを知ってもらえば、自分に合う医療者や医療機関を探そうという気になるのではないでしょうか。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月09日 05:53

母が3度目のがん、食道がんが発見されて本人の拒否で手術ではなく抗がん剤と放射線の治療にしました。
その後もとから食の細かった母はほとんど食事をしなかったのでIVHをつけ退院しました。その後1年ほどで膀胱炎から腎盂腎炎になり入退院、転院を繰り返したのです。
療養型の病院に転院したがそこで気管切開をすすめられましたが母は院内感染にかかり、状態を見ていても衛生面で?のつくことが多くなんとしても転院させたかった。
3ヶ所の緩和ケア病棟を持っている病院にメールを出したら直々に担当医からお返事をいただきました。
緩和ケア病棟というのはがんの末期の方が対象なのでと断られた有名病院に対してがんの転移とみなして受け入れましょうとお返事くださったことに大変嬉しく思いました。
前の病院に入院してから口を利かなくなってしまった母は緩和医療センターでは意思表示をするようになり、お風呂にもこまめに入れてくださり、オイルマッサージも施してくださり、日ごとにきれいに穏やかになっていきました。
自分なりに母に何が一番よいか考えながらしてきたつもりですが、やはり後悔は残ります。ただ「今動かすと命の保障はない」と言われた前の病院から転院させたことは本当によかったと思っています。
そして最後に穏やかな時間を与えてくださったことに先生はじめ看護師の皆さんに感謝しています。
緩和ケアががんの末期の患者のみでなく、もっと対象を広げていただけたらと願わずにはいられません。
自宅での介護にドクターストップがかかりつつあった私には再入院の受け入れ可能と聞いた時にはその声が救世主の声に聞こえました。

投稿者 okanさん : 2005年07月10日 23:15

okanさん。 良いお話をありがとうございます。先日、青梅慶友病院の大塚病院長が看護医療学部にきて講義をしてくださいました。いわゆる先端の病院で治療を尽くして、殆ど寝たきりになってしまった老人が、青梅の病院で注射の点滴の管や鼻からの栄養の管など管をできる限り少なくし、縛り付けず、なるべく自分で動けるようにし、声をかけ話をすることにより、見違えるように良くなっていく様子を話されました。

私はこれが、「管理する医学」から「自立(自律)をたすける医療」への転換ができた結果なのだろうと思いました。老人医療だけでなく一般の医療においてもこのような転換を要求される場面は多いことと思います。そして、このような医療が普及することを念願します。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月11日 00:45

CXQ02002さんの紹介されていた花丸。
すばらしかったですね。
そして、思い出しました。
かつての主治医が、ある日の診察で
「最近どう?」の問いに
「すっごく元気」と答えると
「そうか〜」って
カルテにすっごく大きな字で、
すごく元気と書き込まれました。
真意はわからないけど、
いっしょに喜んでくれているようで嬉しかったです。
些細な事ですみません。
ふと思い出したものですから。

私は電子カルテの仕事に少し関わっております。
あれではこんな表現ができず、つまらないですよね。
パソコン苦手なドクターはお気の毒でなりませんでした。

投稿者 くまさんさん : 2005年07月12日 10:40

くまさん。 一緒に喜ぶということがいいのですね。私にもとても参考になります。自分自身、やはり科学者の仮面から逃れられていないことに気付きました。

結果は、なるべく冷静に客観的に伝えなくてはという思いが心の底にあったような気がします。日野原先生の本に平静の心という題名のものがあります。医師は感情をなるべく抑えてこそ、冷静な判断ができるし、取り乱されずにもすむということですが、本当に難しい問題です、その加減が。

開発中の電子カルテに、是非花丸を入れてください。電子カルテこそ、このような工夫や仕掛けが必要なんだろうと思います。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月13日 06:13

わあ〜!すてきなアドバイスです。
しかし、残念ながら、SEを退いて何十年。
最近たまたまパートで操作教育を担当しました。
しかし、主人がまだ医療チームにいまして
日々医療の話は私の病気のことを含め
話題になっています。
そうなんです。私は医療システムが大好きなんです。
喜ぶ患者さんややりがいを感じて仕事をしてくれる医療従事者の方を想像して、
より良い医療システムを作れたら・・・・そう願っています。
もうSEには戻れないけど、何とか患者の立場からの
意見要望をSEに伝えられたらいいなあ。
主人がもっと力があれば・・・
ドクターからも花丸の要望出して下さいな。

投稿者 くまさんさん : 2005年07月13日 19:03

私もカルテの委員会にいて電子カルテ化のことなどにもかかわってたのですが、今は医学部から看護医療学部に移ってしまい離れてしまいました。でも言っておきます。
花丸にもいろんな色つきで、高らかにラッパの伴奏音も入れるなんてこともできそうですよね、電子カルテなら。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月13日 23:11

病院とのお付き合いが長いせいか、たくさんいい事もありました。(もちろん嫌な事も)辛い病を抱える患者さん同士、病室で励ましあいながら、病気でなければ出来ない出会いや担当の看護師さんは私の好きな歌手のCDをくれたり親身になって話を聞いてくれたり、担当の先生は病院のレストランから眺める景色がいいからとお茶を飲みに行きましょうと。そして、教授回診は(白い巨塔をイメージしますがその教授は患者さんにたくさん話しかけておられました)教授回診とはまた別にお一人で病室を毎週回られていました。私が危篤状態になった時、教授は病院に泊まりなにかあるとすぐ駆けつけてくれたと後から両親に聞いてわかり、本当に先生という名に相応しい先生でした。数え切れないくらいの入院生活、通院、お世話になった先生はたくさんいらっしゃいます。私の場合は家族の愛情があってこその闘病でしたが、けれど心細い闘病生活に優しい看護師さんや先生達のおかげで更に乗り越えていける力ができたと思いました。いい先生の記憶はたくさんあります。小児科の腰の低い優しい先生。エネルギッシュで気さくな外科の先生。優しい内科の先生。病院を退院する日良かったネと泣いてくれた看護師さん。医師としての腕ももちろんいい技術をお持ちだと思います。だけどそこに技術だけではなく、気持ちの通った先生や看護師さんがいる事により、救われる部分が大きいと思いました。

投稿者 ななこさん : 2005年07月14日 01:14

ななこさん。 良い医療環境ですごすことができてよかったですね。危篤状態になるほど重病のときがあったのですね。
今度は是非一人ひとりの具体的な話をご披露してくださいね。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月18日 22:19

加藤先生、感想をありがとうございました。加藤先生のコメントの通り、本当に恵まれた医療環境の中で、病める体と心にどれほど良い影響を与えてもらったことでしょう。

私に文才がもしあったなら、長い闘病の中での先生や看護師さんや研修医さんの事を一冊の本にできたことだろうと思います。具体的に披露させていただきますと、たくさんあるうちのいくつかを手短に書きます。

私が母に抱っこされた小さい頃のこと、偶然に道で外科の先生とお会いして、ニコニコされた笑顔で私に「ななこちゃん、病気が治るように先生も頑張るからね」と言ってくたのです。その言葉は小さい私の記憶に鮮明に残されました。その数年後に私は先生の手術を受けて元気になりました。先生は教授になられてもお変わりなく、話やすく、頼れる先生でした。

それと忘れられない先生があとお二人います。手術の朝、私に一生懸命に励ましの言葉をかけてくれた小児科の先生。優しい笑顔のお似合いな先生でした。私はある場所で倒れ、心停止になった時でしたが、その時、一生懸命に心マッサージをしてくれた先生が、私は蘇生して手術を受けて元気になり退院する日のこと、偶然にも倒れた場所の近くでその先生とすれ違ったのです。先生の笑顔が忘れられません。

それと入院中、時間に追われたきつい仕事の研修医さん、朝早くから採血に駆け回り、夜遅くまで働き、そんな中、病院に飾ってあった七夕の木に「xxさんの手術が成功して元気になりますように」と願い事を書いてくれました。私はお医者さんでも神頼みってするのか?と思わず吹いちゃいそうでしたが、なによりも先生のお気持ちが嬉しかったです。

私は大きな手術を四回受けましたが、看護師さんの優しさにふれ、やはり看護師さんが大きな力になってくれました。こまめに「どうですか?」と様子を見にきてくれ、体を気持ちよく拭いてくれ、髪をよく洗ってくれ、私が説明を求めると、忙しいとか嫌な顔一つせずに、詳細に説明と励ましの言葉をくれました。

それと同室の患者さんたち。辛い事ばかりじゃあなくて、病院という所は「命」の尊さ、「生きる」という大切さを教えてくれた所でした。手短と思いながら、長々とお許しください。

今までの事があるからこそ、今、私は病気と前向きにいられると思います。

投稿者 ななこさん : 2005年07月20日 12:48

加藤眞三 先生 様

 2005年1月当初より、ALD(アルコール性肝臓障害)外来に水曜日に通っていました者です。先生には大変お世話になりました。昨年の初めから自分の問題に気づき、NET上で勉強していたのですがアルコールの呪縛から逃れられませんでした。

 朝日新聞のbeの取材記事を読んで、初めて先生の元へ参りました。初めは酒を減らし、飲みながらでも問題を解決しようと試みましたが、先生のおっしゃるとおり、節酒は禁酒より遙かに難しいとのお言葉通りでした。

 5月の連休前には診察日の前日から酒のせいで通院も出来なくなり、5月の診察予約も取れずそのまま通院をしなくなってしまい、心苦しく思っていました。
今でも、先生の言葉「自分に負けてはいけないよ」を思い出します。

 先生に一言お礼を言いたくて、手紙を書こうかメールを出そうかと、NET上を検索しまくり、多くの情報に出会いました。先生のブログもしっかり読ませて頂きました。

 現在は、家内が地元の保健所で情報を集めてもらい(本当は入院先を探していたようでした*_*;)開業したばかりの心療内科で治療を受けています。JR中野駅の南口に有ります。(先生は慶応大学院も行かれたそうです)

 むろんノックビン(抗酒剤)、セルシンやデパス、等の安定剤やユーロジン等の睡眠剤等の処方を適切に受けています。6月1日から現在まで一滴もお酒は飲んでいません。^^); γ−GTPも29で家内の半分以下になりました。AST、ALTも共に20未満です。(ちなみに家内は酒を全く飲まないのですが?)

 先生にお会いしなければ、人生が数年で終わっていたと思います。自分の責任で肝臓こわしてるなんてホントに馬鹿な行為だと思っています。重いご病気をお持ちの方に申し訳ないです。

 多くの患者さんの診察でお忙しいのに、自分のような自己責任病(アルコール依存も病気ではありますが...)の患者に対しても優しく接して頂き、有り難うございました。

 今後ともNET、ブログ、マスコミ等で、私のような患者に対しても、暖かく見て頂くようご活躍をお祈り申し上げます。有り難うございました。m(__)m
 一生酒は飲まない所存です。

投稿者 (匿名)さん : 2005年07月20日 22:26

ななこさん。 改行だけさせてもらいました。とても良いお話ですね。きっと昼行灯さんが聞けば喜ぶような気がします。
医療関係者の中には、人に喜ばれることを喜びとする人も多いのですよ。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月22日 01:24

皆様のコメントに感謝、感謝ですm(__)m
 
 藤居様が最初に
>良いこと、幸せなことって、それほど特別なことではなくって、普遍的ななことの再確認なんだろうな…

 と書き込みして下さった通り、ちょっとしたことに喜んでいただいていたことがよく分かりました。
 
 「患者の生き方」で足浴の御高齢の方が献体するというお話がありましたが、身体の清拭や洗髪や足浴はナースのケアのごく基本的な当たり前のことなので、何回もするので特別感激するものではないと思っていました。
 手を握ったり、身体をさすったり、身体に触れるということを日本人はあまりしないせいか元気なときは嫌がられます。しかし心身が弱っている方にはとても喜んでいただけます。
 そのような患者さんに自然に触れるようになると同時にそれと並行に笑顔も自然に身について来たと思います。
 笑顔は業務用だと引きつりますが、相手のことを思うと自然に出てきます。
 笑顔で患者さんが少しでも元気になられるということは、世の中の人々はいつもしかめっ面をして難しい表情をしてる人が多いということなのでしょうか?。
 美人ではないけれど、笑顔だと誰にも負けないこの私、少しは患者さんに幸せに思っていただけたかも♪

投稿者 昼行灯さん : 2005年07月22日 14:32

今はzicoの写真が主ですが、メリットの背景写真を公募しようという計画があります。是非、昼行灯さんの笑顔をのせたいですね。
皆さんが幸せになれるように。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月23日 00:07

 プファー!! ドキッ!! (^O^;(汗)
 しんぞう先生、冗談おっしゃらないで下さいませ。
 は!また真面目だとおっしゃるんですね。

 DoraちゃんやZicoちゃんの癒し系が素敵に決まってます。
 私の笑顔は一度見られると、きっと厚かましく皆さんの夢の中に登場し、タケシさんの番組のように「大変なことになりますよ〜〜!」
 

投稿者 昼行灯さん : 2005年07月24日 07:05

チャーリー・チャップリンのスマイルが
最近気になってよく聞いています。
最近ではトヨタのエスティマのCMのバックに流れ、ロッドスチュアートのアルバムに入っていました。色々な人が歌っているのを比べながら聞いています。


Smile though your heart is aching
Smile even though it's breaking
When there are clouds in the sky
You will get by

If you smile though your fear and sorrow
Smile and maybe tomorrow
You will see the sun come shining thorough for you

Light up your face with gladness
Hide every trace of sadness
Although a tear may be ever so near

That's the time you must keep on trying
Smile what's the use of crying
You will find that live is still worth while
If you just smile

投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月26日 21:25

最近、私の市の総合病院の緩和ケア病棟に音楽療法を取り入れてることを聞きました。好きな音楽を聴くだけでなく、音大を卒業した音楽療法士(?)が身体の動かせる機能を最大限に使って、ピアノとかバイオリンとか一緒に演奏するそうです。
 家族や他の患者さんも参加可能のようです。

 スマイルのメロディはよく鼻歌で追っかけてましたが、歌詞をまともに読んだのは今回が始めてです。
 受験英語しか習ってないのですが、意味がおよそわかりました。

 チャップリンは権威主義に反発し、悪がきは苦手でも自分も弱いのに弱い人の味方となって奮闘する姿が滑稽でおもしろいのと、美しいものを美しいと心底感じ取る純粋さがとてもよく表現されていて、バカ正直で不格好なのになぜか人間の尊さとは何かを教えてくれてるように思います。

  “スマイル”
 微笑めば、いくら苦しいことがあっても生きることの意味(価値)を見つけることができる・・・
 

 それにしましてもですね、しんぞう先生とロッドスチュアートをどうつなぐべきか???
 例の理系のダンディズムのCafe様に聞いてみようかな(^−^)
 

投稿者 昼行灯さん : 2005年07月27日 22:48

スマイルといえば、モダンタイムズのテーマソングなのですが、今の専門分化の進んだ医療者と大量生産の工場の労働者の間に共通点が見出されます。そんな場所を和ませるものは、スマイルしかありませんね。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年08月02日 06:29

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