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これは私と我が友ななし君の共作の文章です。
今苦しみの中にあって、また思い出しました。
苦しいのは私だけじゃない、あなただけじゃないと。
生きるということが楽しいって思っていると、苦しいかもしれない。
道行く人が笑っている。でも自分は笑えない。
世の中の人みんなが楽しそうなのに、自分ひとりは苦しくて泣いている。
そんな気分になることがあるかもしれない。
でも、人生半ば過ぎて、私が得たことは、人生とは苦しみに満ちたものであるという
実感だ。一見明るい人の裏にどれほどの苦しみ、痛みが隠されていることか。そし
て、その苦しみ、痛みは、人それぞれで、決して他の人が肩代わりできるものではな
い。
私には、あなたの苦しみが、わからない。わかるはずがないと思っている。
ある人の苦しみを心底わかるなどというのは傲慢以外の何物でもない、と思う。
他者の苦しみを心底理解することはできない、代弁することはできないと思う。
ただ、苦しみの声を聞くことはできる。
そして、互いに抱き合い、涙流し合うことはできる。
苦しみを分かち合うことはできない。
でも、苦しいのは君だけじゃない、僕だけじゃないと、互いに手を取り合う。
文字通り、手を取り合う。
そこから始まるものがある。
どん底からでも、そこから這い上がる道が開ける。
夢見るような年頃はもうとっくに過ぎたはずなのに、私は世界中の人たちが、共に手
を取り、共に泣き、そして共に笑える日が来ることを、十世紀先にでもそんな日が来
ることを夢見て止まないのである。
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