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上を向いてを読まれた方から、こんなメッセージを頂きました。
遺言を事前にちゃんと書く人ってどれくらいいるんでしょうね。もちろん、ふいに事故等で亡くなるならば書けないでしょうが、それでも私なら50歳くらいになったら元気でも作っておこうかと思います。言いたいのは先を見る、そういう意識が各個人に必要だと言うことです。
おっしゃるとおりです。
人は、いつか死にます。
なので、自分はこう死にたい、というものを持っておくのは大切なことだと思います。
医療の進歩に伴って、寿命が延び、
治療をすれば亡くならない、とか、
死は医療にとって敗北である、
などと錯覚しがちになっています。
人は、必ず、死ぬ。
ちょっと考えてみると、当たり前のことです。
そして、どう死ぬか、は、
裏返すと、どう生きるか、と同じことなんです。
死は、
自分がやりたいことすべてを終えた後に訪れるのではなく、
自分の都合とは全く関係なしに訪れるのです。
どう死ぬか。
そして、その前の人生をどう生きるか。
先を見る、そういう意識が各個人に必要だ。
本当に、おっしゃるとおりです。
「死」と背中合わせの「生」を生きてきた昔の日本人には、
しっかりとした死生観があったといいます。
「死」は、決して遠く離れた世界のものではなく、
自分自身にかならず訪れるもの、
という認識があったからこそ、
「死」を受容でき、そして、それまでの「生」を 精一杯生きられたのでしょう。
「死」のぎりぎりまで、
生き生きと 尊厳を持って生きたい。
そして、その為には、
自分で決定できることは自分の意思で決定し、
自分で判断できない状態になったら、一切の延命行為はして欲しくない。
それが、僕個人の希望です。
第3診察室 執筆中 です。
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