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2010年07月13日 尿膜管がんサバイバー(がん患者・治癒者等)のヒデさんの闘病経験

バトン

 膀胱がんの中でも珍しい尿膜管がんは、2007年12月27日のブログエントリー(記事)に書いたように日本では毎年約50名が新たに診断されると私は推計しています。

 当ブログを始めた理由の一つは、少ない尿膜管がんの情報を収集するためには、インターネット上で自分の情報を公開し、寄せられるコメントを集めることから始めるしかないと考えたことです。

 幸い、これまでに尿膜管がん患者及び御家族のさくらさん(故人)まこったさんごまちゃんまま(故人)40歳さん(奥様(故人))匿名さんまろりんさん士(つかさ)さんとんぼーさん(故人)ガンパートナーさん洋平さんsenaさんりょんママさんayato gongさん及びgomadachiさん(奥様(故人))から貴重な情報をお寄せいただき、大変感謝しています。

 先日、50代前半男性のヒデさんとおっしゃる方から、腫瘍マーカーのCA19-9CEAに反応しない尿膜管がんの闘病経験情報を電子メールで提供していただきました。
 ヒデさんから御了承を得て、いただいたメールを次のとおり紹介します。

 尿膜管癌の闘病経験の情報について

ガンファイターさんへ>

 始めまして、50代前半男性のヒデと申します。毎日ガンファイターさんのブログを拝見させて頂いております。

 尿膜管癌自身が特殊で稀な病気と言われていますが、私もこの病気との付き合いが大変長くまた非常に珍しい経過を辿っていますので、ここにご報告させて頂きます。

 幼少時(3歳位まで)に尿膜管残遺で、しばしば臍炎をおこしていました。そのため臍の形が出臍気味で格好が悪く小学校体育の水泳の時は臍の形が皆に見られ恥ずかしく感じていました。

 1975年の高校2年(17歳)の冬に膀胱炎になり自宅近くの総合病院泌尿器科へ1年間程通院しました。尿検査の結果、尿に雑菌が混ざっているという診断結果でした。

 膀胱炎がなかなか治らず何回も膀胱鏡で検査されましたが、膀胱内は綺麗で何も問題ないという診断でした。原因不明のまま膀胱炎特有の臍と膀胱の間の辺りの沁みるような違和感は1年間程続きました。このため高校2年生の修学旅行に参加できなかった思い出があります。

 1976年の大学1年(19歳)の時は頻尿になり、大学の授業(90分間)が終了するやいなや廊下へ飛び出しトイレへ駆け込むことが多かったです。また、水分はそれほど採っていないのに不思議と尿の量は多かった記憶があります。

 1979年の社会人(22歳)になってからはこれらの症状は無くなりました。

 1984年(27歳)から排尿する時に透明なドロッとしたゲル状の分泌物が排泄されるようになりました。その分泌物に稀に1mm程の細長い血液のような赤い筋が入っていることもありましたが、痛みは全くありませんでした。

 その症状が毎日排尿の度に起こるようになったので大学医学部付属病院泌尿器科外来で診察して貰ったのですが、尿検査と直腸診の結果、前立腺が少し腫れているというだけで心配無くしばらく様子を見ることになりました。

 この症状は2000年(43歳)まで続きましたが、痛みも例の分泌物に赤い筋が混ざることの無く排尿の最後に排泄される分泌物も習慣的なものとなりそれほど気にはしませんでした。

 しかし、2000年の12月に会社が加入している健康保険組合健診センターの総合判定担当医からの人間ドックの超音波検査で膀胱の上部に腫瘍の疑いがあると知らされました。紹介状を書くから検査設備の整っている大きな病院で精密検査を受けるようにとのことでした。

 2000年の10月から診察履歴のある大学医学部付属病院泌尿器科に左尿管結石(直径:9mm)の診察のため通院中でした。

 早速その紹介状を外来の担当医に提出、CTスキャン、膀胱鏡の検査を実施しました。その時の担当医は左尿管結石を診察して貰った医師とは別の方でした。膀胱鏡で膀胱の内部を診たところ上部に膨らんでいる部分があり、その先端から分泌物が膀胱の内部に垂れ下がっているのが確認されました。

 膀胱鏡の先端のカメラから映し出されるディスプレーはベッドで両足を広げベルトで固定されて横になっている私にも見える角度で設置されていたので、それを確認出来ました。

 その医師が言うには臍の尾と膀胱を繋ぐ尿膜管は成人になると普通は退化して無くなるが、ごく稀に成人になっても残っている人が居る。もしかしたらそれかもしれない。その尿膜管は癌になる可能性があり、とんでもない速さで全身に転移するので一番怖いとのことでした。

 2001年1月に検査入院しMRIと経尿道的尿道腫瘍切除術(TUR)で膨らんでいる細胞を採取、生体検査した結果、尿膜管癌という診断されました。また、膀胱内に放出され垂れ下がっていた分泌物も同じ癌細胞と診断されました。

 そして、入院中のある晩のこと。私の病室に泌尿器科長(泌尿器科病棟責任者)の教授・助教授が訪れ、教授から次の様な説明と判断を求められました。「生体検査の結果、その細胞は大腸の細胞に良く似ている。尿膜管癌は抗癌剤療法も放射線療法も効かない。また、物凄い速さで全身に転移して短期間に死亡する。切除した方が良いと思っているが、どうする?」

 私は教授に向かって「そこまで脅されたらどうぞやって下さいと言うしかないでしょう。。。」と手術を 承諾しました。

 そして、開腹手術で臍と膀胱を繋ぐ尿膜管及び膀胱の1/3を摘出しました。排尿の際に最後に放出されていた分泌物は術後から全く出なくなりました。

●幼少の時の尿膜管遺残から中高年まで続いた泌尿器における色々な症状のひとつひとつの点が『尿膜管癌』という病名で一本の線になって繋がりました。

 その後、経過観察で検査(細胞診、CTスキャン等)を3年程実施しましたが、担当医が他の病院に移ることになったのをきっかけにその泌尿器科外来とはご無沙汰になりました。

 さて、7年経過した2007年の12月(50歳)の時に同大学医学部付属病院泌尿器科で30歳を過ぎた頃からの持病である尿管結石の診察中、私を引き継いだ次の担当医が私のカルテに尿膜管癌の病歴があったことを気の留め、念のためCT検査をすることになりました。

 CTの画像を診た担当医が膀胱の前の部分が膨らんでいる様に見えるので、膀胱鏡で膀胱と診たところ膀胱ではなく尿道に腫瘍が確認されました。

 翌2008年2月検査入院しTURで広範囲に腫瘍のサンプルを採り生体検査しました。今回、広範囲に腫瘍を切除した細胞を生体検査した結果、膀胱の出口活均筋の部分にあった腫瘍は癌ではなかった。
 尿道手前から中心部に架けて粒々状に広がっていた腫瘍は2007年前と同じ種類の癌細胞(腺癌)であったとのことでした。

●尿膜管癌が尿道に転移・再発していました。
 担当医の所見では、筋層に達していない表在性腫瘍(尿路上皮腫瘍)であり、腫瘍深達度は他に例の無い尿道癌なので強いて言えばT1の分類にあたる。

 骨シンチグラフィーでは骨盤等の骨の転移は無く、肺・腹膜・リンパ節にも転移も無い。たちが悪い尿膜管癌と言われている中では幸にも高分化癌である。
 しかし、残念なことに尿膜管癌が尿道に転移・再発した症例は日本、世界?で男性の1例だけ。
 TURを実施したその男性がその後どうなったかは当院から検索出来る医療関係のデータベースに記録は無かったとのことでした。

 泌尿器科内での審議会でも確実な処置としては、尿膜管癌の切除しか無いとのこと。担当医は私に膀胱と前立腺及び尿道を全部摘出するか、TURで尿道部分にある癌だけを切除するかどちらかの選択を問われました。

 そこで、私は2008年4月上旬に国立がんセンター泌尿器科へセカンドオピニオンを求めました。そして、その担当医の所見は以下の通りでした。

 尿道の癌細胞(サンプル)は、2001年(約7年前)の尿膜管癌の細胞(サンプル)に良く似ている。

 この場合は、尿膜管癌が尿道に転移・再発したという診方が普通。尿膜管癌自身の症例が非常に少ない中、尿道に転移・再発したデータはここにも無い。普通は遠隔転移の肺や腹膜、リンパ節に転移するのが普通ある。

 この症例をどう対処したらこうなるということを言える医師は誰も居ない。大学医学部付属病院泌尿器科で判断した尿道に広がっている粒状の癌細胞をTURで切除するのが消去法でいくと正しい。

 TURは電気メスで切除する範囲が狭く、どの病院で実施してもリスクは低い。従って特別に国立がんセンターでTURを実施する必要はなく、治療方針についてはこれを診断したところでTURを実施し,その後の様子を診ても良いのではないかとの見解でした。

 私から他の治療法(放射線療法や化学療法)もどうかと尋ねてみました。放射線は患部に照射した後、患部の癌細胞と健康な細胞まで焼いてしまう(ケロイド状態にする)のでその後予後が悪く、その後外科的手術を必要となった場合切り口が塞がらない(接合しない)。よって、放射線は最終的な治療手段とした方が良い。

 化学療法(抗癌剤、BCG(牛型結核菌)を含む投薬)は、”腺癌”という癌種の尿膜管癌に適用した例は無く、単なる人体実験になってしまうのでどの様な結果になるか全く解らないためリスクは高い。
 国立がんセンターでも何度も悔しい思いをしている。
 現代の西洋医学界では、言い方は悪いがほんの200年の歴史の中で何万、何千万の症例を基に何百万体という患者の屍の症例の上に成り立っている。それらのデータで、良い結果・悪い結果を類推、判断して治療方針を立てるしか無い。従って日本でたった1人の症例では何とも言えない。

 まぁ、7年もの間を”のらりくらり”していた癌細胞は、緊急度からすると低いかもしれないが、7年後に”むっくり”出て来たことを考えると生命力が強いのかも知れない。いずれにしても良い結果をお祈りします(合掌のポーズ)とのことでした。

 さて、2008年4月下旬に大学医学部付属病院へ入院。TURで尿道の腫瘍は表層を全て切除しました。腫瘍の筋層への浸潤の有無を確認するため無作為に尿道の先まで幾つかのサンプルを採ったが、そこには癌はありませんでした。尿道壁にある粒々状の癌細胞と膀胱の出口と尿道との境にあった腫瘍も切除しました。

 尿道に留置カテーテルを挿入し、そのカテーテルのもう一方をドレーンバックに続し、その中へ尿を自然排泄(垂れ流し)しました。

 尚、担当医の説明では当病院泌尿器科でも初めての症例とその対処なので、いつ自分の尿道で排尿出来るようになるか解らないとのことでした。

 また、腫瘍を電気メスで切除した(焼いた)ので、入院中は留置カテーテルを直ぐ抜いてしまうと尿道の傷が癒えてないので狭窄する恐れと尿道が狭くなっているためかなり圧力をかけないと排尿が出来なくなる可能性がありました。

 5月中旬に再入院して留置カテーテルを抜き、順調に排尿出来るのを4~5日確認したら退院、尿道が狭窄して排尿出来なくなったら再び留置テーテルを尿道に挿入し電気メスの切傷を養生する。また、経過観察として3ヶ月に1度膀胱鏡で尿道内及び膀胱内を診ることになりました。

 退院の前に療養指導室の看護師から以下の膀胱内洗浄指導を受けました。
 尿道カテーテルのドレーンプラグを外し排尿後膀胱内を空にした後、生理食塩水のボトル(500ml)からハルンカップ(滅菌済メモリ付紙コップ)へ適量を注ぎシリンジカテーテルチップ型(50ml)で生理食塩水(約30ml)を吸い込み、それを尿道留置カテーテルの先から注入し膀胱内に溜まっている血栓等不純物を生理食塩水と共に吸い出す。

 また、尿道口も同様にポピヨドン(殺菌消毒剤)で消毒し、8折ガーゼを巻く。これらの処置を1回/毎朝行うことになりました。それらの物品を同大学付属病院の売店で購入しましたが、健康保険適用外なので次の入院までの20日分で費用は合計約\13,000程になりました。

 退院する度に自宅療養で使用する医療・衛生材料が\10,000以上になるのは大変な金額ので、3回目の自宅療養以降はインターネットで検索し格安で購入しました。

 日常の生活では、カテーテルから尿を排泄した後は消毒用エタノール含浸綿でカテーテルの出口とドレーンプラグを拭く消毒作業をしなければなりませんでした。

 尚、便秘で力むと傷口の毛細血管が切れ出血するのが一番良くないのでラキソベロン(下剤)を就寝前に服用することになりました。

 尿道留置カテーテルを挿入したままそのもう一方の出口にカテーテルプラグを接続し、退院しました。自宅では尿意があればカテーテルプラグを外し留置カテーテルから尿を排泄させました。
 また、就寝前には留置カテーテルの出口をドレーンバッグに接続し尿を自然排泄させ、起床後はドレーンバックから留置カテーテルを外してカテーテルプラグを出口に挿し込みました。

 そして、5月中旬 に再入院し朝8:20に留置カテーテルを抜きました。3~4回程順調に自分の尿道で排尿していましたが、その日の15:00に尿道が狭窄して排尿できなくなり急遽新しい留置カテーテルを尿道に挿入しました。

 また、尿道に挿入している留置カテーテルが血栓等の原因で詰まり排尿が出来なくなるのを考慮し、緊急時のバイパス用として下腹部に膀胱瘻留置カテーテルも刺しました。

 麻酔は下腹部に注射器で1回注入。7年前に開腹手術をしているため膀胱が硬直しているので、なかなか刺さらずその痛みに絶えた後は背中が汗でびっしょりになりました。その膀胱瘻留置カテーテルの出口も普段はカテーテルプラグ挿し込み塞ぎました。

 退院の前に療養指導室の看護師から以下の指導を受けました。下腹部の膀胱瘻留置カテーテルが挿入されている周辺をポピヨドン(殺菌消毒剤の外用薬)を浸した大きな綿棒で消毒し、ドレーンスワブ(切込み不織布ガーゼ)で膀胱瘻留置カテーテル周辺の吸収・保護した後に8折ガーゼをその上をあてがい、シルキーポア(粘着性伸縮ガーゼ包帯)でそれらを留める。最後に膀胱瘻留置カテーテルを固定用サージカルテープ(エラストポア)でウエストに固定する。

 担当医の話では日常は尿道留置カテーテル、膀胱瘻留置カテーテルのどちらから排尿しても構わないとのことでした。この状態のまま5月下旬に退院しました。

 1週間程の自宅療養後、会社へ出社して仕事をしました。膀胱瘻留置カテーテルの先端が膀胱の内側壁に当たり歩く度に擦れて痛かったです。また、カテーテルは体が異物と見做し、しばしば化膿し尿道と留置カテーテル間から膿が脇漏れし、尿採りパットを交換しなければなりませんでした。

 歩き方はカテーテルの先端が動かないようにするため膝を上げない摺り足になっていました。また、歩道・横断歩道・駅の構内では他の歩行者が私に向かって来る度に腹部への衝突を心配しながらゆっくり進みました。この時、意外にも前方(こちらの方)を見ないで歩いている人々が沢山居ることが解りました。

 痛みに耐えられない時は担当医に抗生剤の服用を申し入れましたが、抗生剤を使うと細菌の抵抗力が増しその内抗生剤が効かなくなるので使用出来ないと言われました。

 その代わりに我慢出来ない時のためにオキシコンチン(中~高程度の疼痛緩和剤)を処方して貰い時はそれを服用しました。この薬は常習性があるのでなるべく服用しないようにしました。

 6月中旬に再入院し感染症を防ぐために抗生剤を点滴し、膀胱瘻留置カテーテルは膀胱に留置していると汚れるため毎月新しいものに交換しました。その後、尿道留置カテーテルを抜去し自分の尿道で排尿をしていましたが、10時間後に尿道が狭窄して排尿出来なくなり急遽新しい留置カテーテルを尿道に挿入しました。その後4日間発熱が無いことを確認し退院しました。

 2008年5月から2008年9月までの間(1回/月:1週間~10日間入院期間/回)でこれを5回繰り返しました。

 ある日、入院病棟の私のベッドに来た看護婦長が、何回も入退院を繰り返しても容態が改善されないのを心配し、膀胱瘻留置カテーテルの刺さっている下腹部の傷口が化膿していないか粘着性伸縮ガーゼ包帯を外して傷口を診ながら私に言いました。

 「今ね。ナースステーションに先生が居たから、いつ頃自分自身の尿道で排尿出来るか聞いて見たの。そしたら一生留置カテーテルを挿したままになるかも知れないと言っていた。」全く見通しが立たないということが解り、その時はかなり落ち込みました。

 後日、入院病棟の各室回診時に泌尿器科長(責任者)の教授が私の担当医から尿道が閉塞した担当医の説明を笑顔で「そんなぁ、慌てることは無い。まぁ、ゆっくりやろう。」と励ましてくれ、少し元気が出ました。

 9月下旬にいつものように入院し10月になったある日、いつもの通り尿道留置カテーテルを抜去しました。いつも1日程で尿道が閉塞しか排尿出来なかったのですが、その日の尿道は一度も狭窄せず自分の尿道で継続的に順調に排尿することが出来ました。

 そして2008年10月4日の退院以来、入院することはありませんでした。担当医の提案で緊急時に備え膀胱瘻留置カテーテルは1ヶ月間はそのまま残し、1ヶ月後に抜去しました。

 それから2010年の現在に至るまで、月に1回大学医学部付属病院泌尿器科の外来へ通院し診察と採尿による細胞診を行っています。定期的に、瘍マーカー検査、膀胱鏡、CTスキャンも実施していますが、今のところ転移再発は確認されていません。

 尚、TURによりデコボコで通りが悪くなった尿道をダイレーターで拡張(ブジー)してから膀胱鏡を尿道に挿入しています。また、ブジーしてから1ヶ月程経過すると尿道が狭くなってくるため3ヶ月程経過すると普段の排尿に掛かる時間は健康の時と比べるとその約2.0倍になりました。

 最後に、2001年の開腹手術でまず臍・尿膜管及び膀胱は1/3を切除その2/3を残し、2008年には膀胱、前立腺、尿道の全摘出はせず、TURで本来の機能を残しながら治癒を試みる温存療法を自ら選択しました。病院側は私に転移再発というリスクを避ける全摘出にするか温存療法にするか私に委ねました。

 未来が見えないので少しでも状況が解るのではないかと国立がんセンターへセカンドオピニオンを求め、その担当医の所見を参考に自分で温存療法を選択しました。

 尿膜管癌自身が非常に稀な癌の中、担当医から私に日本泌尿器科学会で大変効果のあった治療方法を公開・発表したいので了承して欲しいとの申し入れがありました。
 その担当医が膀胱鏡で撮影した尿道内の画像(術前・術後)をプロジェクターで投影した結果、発表会に出席していた会場の医師たちから「おおぉーっ!」という歓声が上がったとのこと。
 他の医者の方から膀胱・前立腺・尿道を摘出した方が将来的なリスク(転移・再発)から考えると良かったのではないかという意見もあったようです。
 担当医は私に「皆医者だから、何だかんだ言いたがるんですよっ。」と言っていました。

 先日、2010年6月30日の膀胱鏡検査結果の説明で担当医から「転移・再発もなく強運の持ち主だね。」と言われたので、何故ですかと尋ねると今まで私以外に3人の尿膜管癌患者の手術に立ち会っているが皆死亡している。この病気の生存率は50%と言われているとのことでした。
 術後一番長く生存していた人は何年でしたか?と尋ねたところ3年という返事が返ってきました。
 私は「先祖のお墓にお礼のお参りに行かなくてはいけませんね。」と言ったところ、「良い。何もしなくて良い。」という如何にも医学に携わっている医師らしい回答でした。

【症状】
 私のように血尿がなく、腫瘍マーカー(CEA・CA19-9)の値が正常であるにも係わらず以下の症状がある場合は、尿膜管癌を疑うべきだと思います。
 ・尿膜管残遺と診断され長い期間経過している。
 ・膀胱炎がなかなか治らない。
 ・臍と膀胱の間に染みるような痛みあるいは違和感がある。
 ・頻尿が長い期間に亘って続く。
 ・排尿の際に尿に混ざってゲル状の分泌物が排出される。
 ・健康診断(人間ドック含む)の超音波(エコー)検査で膀胱の上部に膨らみが確認される。

【腫瘍マーカー *1】
 採血日
 2008年03月29日 ・・・・・ CEA:3.9 CA19-9:11.8
 2008年10月22日 ・・・・・ CEA:2.0 CA19-9: 9.6
 2009年02月18日 ・・・・・ CEA:1.7 CA19-9:12.1
 2009年10月28日 ・・・・・ CEA:2.0 CA19-9: 9.7
 2010年04月21日 ・・・・・ CEA:1.9 CA19-9:10.6

 *1:私の場合は腫瘍マーカーの値は上がらないタイプです。

【細胞診】
 採尿日
 2009年6月24日 ・・・・・ Ⅲa
 2009年7月22日 ・・・・・ Ⅱ
 2009年8月19日 ・・・・・ Ⅱ
 2009年9月30日 ・・・・・ Ⅲa
 2009年10月28日 ・・・・・ Ⅲa
 2009年11月25日 ・・・・・ Ⅲa
 2009年12月16日 ・・・・・ Ⅲa
 2010年1月20日 ・・・・・ Ⅲa
 2010年2月24日 ・・・・・ Ⅱ
 2010年3月24日 ・・・・・ Ⅱ
 2010年4月21日 ・・・・・ Ⅱ
 2010年5月26日 ・・・・・ Ⅱ
 2010年6月30日 ・・・・・ *2

 *2:前回診察時の結果が次の診察時(7月28日)に医師から報告されます。

【入院期間に使用した薬】
 内服薬・抗生剤(感染症予防の抗生剤(錠剤))
 クラビット(細菌による感染症の治療)
 ロキソニン(熱や痛みの緩和)
 オキシコンチン(中~高程度の疼痛緩和)
 ハイペン(痛み炎症抑止剤)
 グレースビット(細菌を殺し感染症を治す)
 フロモックス(細菌を殺し感染症を治す)
 PL顆粒(熱を下げ、頭、間接、筋肉の痛みを和らげる)
 フロモックス(感染症の原因となる細菌の増殖を抑える)
 マグラックス(胃酸の中和)
 ラキソベロン、アローゼン粒錠(下剤:力きまないで容易に排便できる出血防止用)傷口の出血防止用)

 外用薬・ボルタレンサポ(疼痛時の座薬)
 ポピヨドン(イソジン:殺菌消毒剤)
 生理食塩水(膀胱内洗浄)

 点滴・抗生剤(感染症予防の抗生剤(液体))

【最後に】
 私もガンファイターさんの2010年3月24日の記事で掲載されました植島啓司著書の≪偶然のチカラ≫を読ませて頂きました。本に記載されてた『「未来が見えないとき、いったいどうしたらいいのか」と問題提起したときの解答は「自分で選択するべからず」ということ。困難にぶちあたったとき、必要以上に自分の力に頼るのがもっとも具合の悪いことで、見えてきた状況に従って動けばいいのである。すぐに物事の是非を判断せず、「世の中にはどうにもならないこともある」と一歩引いて考えたい。世の中には思うよういくことのほうが少ないのだから。』という文章が今でも印象に残っています。

 これから見えてくる状況がどのようなものか全く解りませんが、何かが見えてきたときはサードオピニオンを求めるつもりです。また、『自分の身に起こったことを全て必然と考える』習慣をつけ、少しずつですがすべてありのままに受けとめるようにしようと思っています。

 行けるところには出来るだけ行き、逢える人は出きるだけ逢い、欲しいものは出きるだけ手に入れるように今、動けるうちに”あれもこれも”という気持ちになって来ました。

 私もジャズが好きで日本のジャズピアニストでは本田竹広が好きです。渡辺貞夫のマイ・ディア・ライフ(35年前のFM東京の番組)の頃からの大ファンです。URL: http://www.jazz-honda.com/
 聞きたい楽曲も出来るだけ沢山聞いていきたいと思います。

☆★ヒデさんへ☆★
 腫瘍マーカーのCA19-9とCEAに反応しない尿膜管がんの長期間にわたる闘病経験情報をメールでお寄せいただきましてありがとうございました。
 私の闘病生活は、4年目に突入しました。すべては必然として受け止めるには大変悔しいのですが、病勢は腹膜播種という状況を迎え、治る見込みはないでしょう。これからの厳しい局面への対処は自分で主体的に決めず、主治医の提案を持って自分で決めることになります。

 尿膜管がん患者を取り巻く状況は、病気そのものに関する知見及び同病患者がどのような診断を受け、腫瘍マーカーなどの検査結果や治療に関する情報が大幅に不足しており、ほかのがん患者よりも圧倒的に不利です。じっとしているだけでは、こうした状況を改善できないと思い、3年前にガンファイター(膀胱がん)のブログを開始しました。
 ヒデさんの闘病経験は希望として、多くの同病患者に勇気を与えるでしょう。

 最後になりましたが、無病をお祈りします。

★膀胱がん(尿膜管がん)患者とその家族及び恋人・友人の皆様へ
 膀胱がん(尿膜管がん)は、2008年12月22日のブログエントリー(記事)に書いたように「部屋の中の象(Elephant in the room)」と呼ばれる話題にしにくい病気です。このため、膀胱がん(尿膜管がん)の患者側からの情報は意外に少ないものです。膀胱がん(尿膜管がん)の闘病経験の情報を当ブログのコメントにお寄せくださいますようお願いします。

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 ガンファイターへメールを送られる場合は、米国国立がん研究所が公認する患者運営サイトBladder Cancer WebCafe(膀胱がんウェブカフェ)http://blcwebcafe.org/の仮訳サイトである膀胱がんウェブカフェ(仮訳)に掲載している「管理者へのメール」を御利用ください。送付された電子メールの内容は、メール送付者の御了解を得て当ブログに掲載させていただきます。

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ヤフーカテゴリ登録 2008/06/24 Yahoo!カテゴリ登録 癌 >闘病記

【膀胱がんウェブカフェ(仮訳)】
 転移性膀胱がん(その2)
 リンパ節
 リンパ節転移は、外科手術後の病理学検査の作業の間若しくは患者又は医師による身体検査の間に検出されるかもしれません。腺疾患症又は肥大したリンパ節は、生体組織検査されるかもしれません(十分な吸引生体組織検査が必要です。)。
 リンパ節は、鼠径部の鼠蹊部リンパ節が最も一般的に移行上皮がんによって影響された状態で鼠径部と先頭の間で見つかります。
 局所(骨盤)リンパ節が外科手術の前又は手術中に影響されていることが発見される場合、多くの専門家が、リンパ節郭清により実際に治療可能であり得ると感じています。ウェブカフェのリンパ節切除による生存の利点を御覧ください。
 外科手術がされた後のリンパ節転移の場合、疾患が現在、全身的なものと考えられるので、化学療法又は放射線療法は外科手術に付加された療法として優先されます。場合によっては、化学療法は疾患なしの生存の重要な期間を得ることができます。
↓(詳しくは)
http://idomov4.netfarm.ne.jp/~bh001111/4644072b/i/newpage84.htm

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投稿者 fight : 2010年07月13日 05:08
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コメント

ガンファイターさん、ヒデさん、こんにちは。

ガンファイターさんの、このブログのおかげで
ヒデさんの、経緯を知ることが出来ました。
以前にも書きましたが、家人がまさにヒデさんの
辿られた道の途中にあります。
年齢が、20年ほど若いですから。

尿膜管遺残にて年に1回の経過観察中。
思い起こせば、若い男子は滅多にならない膀胱炎
虫垂炎(と、言われている)など、思い当たること
多々です。虫垂炎と診断されている方も多いのではと
推察致します。

ただ、遺残だけでは、切除はしないようです。
私としては、悪い可能性のあるものは切除して
欲しいのですが。引き続き、注意していきたいと
思います。貴重なご体験記録を有難うございました。

ガンファイターさんの苦痛が軽減されることを
祈っております。

投稿者 ロキシーさん : 2010年07月13日 13:02

 ロキシーさんへ

 ガンファイターです。

 励ましのコメントありがとうございます。
 尿膜管には悪性の尿膜管がんになる母地の可能性があります。
 尿膜管の残存率は、2009年4月19日のブログエントリーに次のように引用しており、思ったよりも高いかもしれません。
http://melit.jp/voices/fight/2009/04/post_541.html

 「尿膜管の発生についてはAllantoie起源説と膀胱起源説がありいまだ意見の一致をみない。しかし、成人では尿膜管は5cm程度であり臍と膀胱頂部を結ぶ下1/3の点にあたる部分から膀胱前上壁に連なり、管腔は開残している例もあり膀胱とも3人に1人の割合で交通しているという。」(出典:CiNii――26.尿膜管癌の細胞診(第7群 総合〔腎・尿〕, 一般講演, 第22回日本臨床細胞学会総会))

 尿膜管がんの発生率は、2007年12月27日のブログエントリー(記事)に書いたように日本では毎年約50名が新たに診断されると私は推計しています。
http://melit.jp/voices/fight/2007/12/post_103.html

 尿膜管がんの診断を受ける方が年間50名と非常に少ないのであれば、たとえば、盲腸にもがんができるけれども、盲腸を全部取ってしまうことがないように、尿膜管も切除することはできないと思います。

 以上のように冷静に書きましたが、尿膜管がんの診断を受けるくらいならば、事前に切除できるものであれば、切っておけば、こんな苦しい経験はしなくてもよかったのにと思うことはあります。
 しかし、過去を振り返っても、今さら、尿膜管がんの診断はくつがえりませんので、事実は事実として受け止め、対応をしていきたいと思います。

投稿者 ガンファイターさん : 2010年07月13日 18:22

ロキシーさんへ

ヒデです。

私の尿膜管癌の闘病経験情報が参考になったことを嬉しく思います。


ガンファイターさんが既に日本語の尿膜管癌でインターネットを検索してあった日本臨床外科学会雑誌Vol. 69 (2008) , No. 1 p.175-178の尿膜管遺残膿瘍を契機に発見された尿膜管癌の1例(以下「症例報告」といいます。)で尿膜管遺残膿瘍においては私より先輩が居ることが解り大変参考になりました。


2008年11月25日 尿膜管遺残膿瘍(のうよう)と尿膜管がん
http://melit.jp/voices/fight/2008/11/post_404.html

日本臨床外科学会雑誌のホームページ(J・stage)
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsa/69/1/69_175/_article/-char/ja
   ↓
[PDF(381K)] ではその画像が掲載されており、尿膜管遺残膿瘍を契機に発見された尿膜管癌の恐ろしさが解ります。
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsa/69/1/175/_pdf/-char/ja/


1984年(私が27歳の時)から排尿する時に透明なドロッとしたゲル状の分泌物が排泄されるようになり、その症状が毎日排尿の度に起こるようになったので大学医学部付属病院泌尿器科外来で診察して貰ったのですが、尿検査と直腸診の結果、前立腺が少し腫れているというだけで心配無くしばらく様子を見ることになりました。

この時点で既に尿膜管遺残膿瘍が尿膜管癌に移行していったと考えています。

せめてこの時に膀胱鏡で膀胱内の検査をしていればと悔しい思いをしています。

2000年12月の人間ドックの超音波検査で膀胱の上部に腫瘍の疑いがあると知らされ、大学医学部付属病院泌尿器科でCTスキャン、膀胱鏡の検査を実施、翌年の検査入院の生体検査で尿膜管癌と診断されました。

今となっては、尿膜管遺残膿瘍が尿膜管癌に移行する前に切除しておけば良かったと思いますが、やはり診察時の判断が難しいのかと。。。。。。

何ともいえないところですが、私の若い時より医療システムが格段に進化していますので、経過観察を怠らないようにすれば早期発見は可能かと思います。

ご家人をお大事にして下さい。

投稿者 ヒデさん : 2010年07月14日 01:20

 ヒデさんへ

 ガンファイターです。

 貴重な情報を提供してくださり、ありがとうございます。

 今後ともよろしくお願いします。

投稿者 ガンファイターさん : 2010年07月14日 05:35

ヒデさん、ガンファイターさん

更なる情報提供を有難うございます。
大体、尿膜管遺残そのものは、どのくらいの方が
あるのでしょうか。そしてどのくらいの確率
(高率というのは分かりますが)

ヒデさんは、顕著なる自覚症状がおありでしたが
ガンファイターさんは、お若い時に思い当たられる
ことはございませんでしたか?
(臍部から血や膿が出たり、膀胱炎になったり)

早いうちに切除すれば良いのにと思うのは
素人の考えなのでしょうか。

ガンファイイターさん、ヒデさんのご病状の
軽減を祈っております。

投稿者 ロキシーさん : 2010年07月14日 11:37

 ロキシーさんへ

 ガンファイターです。

 尿膜管が残っている確率は、2009年4月19日のブログエントリーに次のように「管腔は開残している例もあり膀胱とも3人に1人の割合で交通している」と引用しているように
、思ったよりも高いかもしれません。このうち何らかの病状が出る方の確率は、不明です。
http://melit.jp/voices/fight/2009/04/post_541.html

 「尿膜管の発生についてはAllantoie起源説と膀胱起源説がありいまだ意見の一致をみない。しかし、成人では尿膜管は5cm程度であり臍と膀胱頂部を結ぶ下1/3の点にあたる部分から膀胱前上壁に連なり、管腔は開残している例もあり膀胱とも3人に1人の割合で交通しているという。」(出典:CiNii――26.尿膜管癌の細胞診(第7群 総合〔腎・尿〕, 一般講演, 第22回日本臨床細胞学会総会))

投稿者 ガンファイターさん : 2010年07月14日 13:28

ロキシーさんへ

ヒデです。

尿膜管遺残の発生率を気にされるその気持ちは十分解ります。

私も”何故他の人ではなく自分なの?”と思い、かなりの時間ネット検索に費やしました。

ネット検索においては人間だけではなく犬や猫、ペレットに至るまでペットを飼っている方のブログで話題(尿膜管遺残切除術等)になっていることが少なくないことに驚きました。

へその緒 (臍帯;さいたい)で胎児と母体を繋ぐ胎児側の組織であるの中に含まれる血液:臍帯血で胎児が育つ哺乳類特有の仕組み(システム)では必ずメリットとデメリットという宿命があるようです。

また、私が入退院を繰り返している時に心の支えとなっていた尿膜管癌との闘病記録のブログ2件が患者の予後が悪く他界により終わってしまったことも大変ショックでした。

最近は、選んだ訳でもなく選ばれた訳でもない。偶然でもなく必然と考えるようにしました。

”死”が前提となる病気はもちろん怖いですが、自分自身この世の生まれて来たこと自身、偶然でもなく正に必然だからです。

私の経験から、過去の経緯(因果)を振り返る時間(ネガティブ)に使う時間より未来・将来のことに費やす時間(ポジティブ)に使った方が良いです。

『癌患者は何故ネット検索するのか?』 という本も出版されている程、同類項を探し不安から逃れ安心を求めようとする知性のある人間のリスク回避行動だと思います。

私もネットで何時間も広範囲に曖昧検索までやりましたがそれに費やした時間が、病気の理解を深める(なるほど)だけで完治につながる効果はありませんでした。

病気に詳しい病院・医師を探すことが出来れば、次のステップとして相談が出来ます。

病気に関する詳細はこの場合泌尿器科の医師(プロ)に任せることです。

事前に切除出来れば、ご家人自身がこれから歩む仕事・家庭、同僚・家族・友人に関わる人生にバックギアが入るリスクが少なくなるはずです。

私の場合、膀胱・前立腺・尿道を全摘出せず温存を選択したことにより将来、人生のギアが”D”から”R”に入るリスクが高いです。

切除・摘出に関してはセカンドオピニオンというシステムを使う手もあります。

セカンド・オピニオン 尿膜管残存
http://hinyoukika.cocolog-nifty.com/urology/2005/02/post_1.html

但し、最終的には担当医から”選択”を求められ切除術に関する誓約書等の同意書に署名することになるので、結果は自己責任になることは既にご存知かと思います。


尿膜管遺残から尿膜管癌に移行する症例を気にされているようでが、それ以外にも他の病気に移行する症例もあります。

尿膜管遺残組織の感染に起因したと考えられる大網内膿瘍の1 例
http://journal.jsgs.or.jp/pdf/033010098.pdf

臍からのドレナージにより待機手術が可能となった尿膜管膿瘍の1例
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/115954/1/43_367.pdf

腹壁に膿瘍を形成した尿膜管開存症の1例
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/117081/1/37_0087.pdf

胎生期の尿膜管の退化が不完全で、出生後も存在する状態
http://ksj.blog.so-net.ne.jp/2010-03-10-1

投稿者 ヒデさん : 2010年07月14日 17:54

ガンファイターさん、ヒデさん、アドバイスを
有難うございました。

今後も注意していきたいと思います。

どうぞ、ご自愛下さいませ。

投稿者 ロキシーさん : 2010年07月14日 20:02



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