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2010年2月2日のブログエントリー(記事)には、余命の告知のことを書きました。抗がん剤治療を20回受けたけれども薬効がなくなったという現状から、短いかもしれない残された時間に、時間を有効に使い、できるだけ仕事を続けるとともに身辺整理を進めることにしました。
余命の告知や告知後の人生についてインターネットを検索しているとき、次の画像の悔い無き最期、迎えるために求められる「死の予習」 (2-2ページ) - MSN産経ニュース(2010.2.2 08:30)を見つけました。

出典:http://sankei.jp.msn.com/life/body/100202/bdy1002020836001-n1.htm
この記事の「人生の最期は右肩下がりの緩やかな曲線を描かない」という記述を読み、ゆっくりと右肩下がりに合わせた身辺整理を考えていた自分は、都合が良い将来しか思い描いていないと反省しました。健康な人も闘病中の人も、何が起こるか分からない人生を想定して生き、最期に向けた準備をすることが重要でしょう。
このほか「最後まで闘うのが「望ましい」 患者81%、医師19%」という記述からは、患者と医師の間の医療の不確実性と限界に対する認識の差異が大きいことを実感しました。医療の不確実性と限界に関して私が、最近、医師から説明を受けた内容は、2010年1月29日のブログエントリー(記事)に書いた次の部分です。
大腸がんの抗がん剤の投与は自分の一存では決められないので、2010年2月予定の病院の倫理委員会に諮ってみますが、倫理委員会が承認するかどうかは何とも言えないし、仮に承認されたとしても、大腸がんの抗がん剤の薬効があるかどうかは投与してみないと分かりません。
さらりと言われたこの言葉が医療の不確実性と限界であったとしても、患者としては迷うことなく自分だけにはきっと薬効があると信じます。
患者が治る、助かると信じている限りは、患者と医師の間の医療の不確実性と限界に対する認識の差異を縮小することは困難でしょう。
この記事を読み、残り少ないかもしれない最後の時間を危険や苦痛を伴う薬効がないかも知れない治療に費やすことがないようにしようと思いました。
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2008/06/24 Yahoo!カテゴリ登録 癌 >闘病記
【膀胱がんウェブカフェ(仮訳)】
看護師に聞こう
男性対女性(2000年2月)
親愛なるシャロン 様
私は、私が付き合っている彼の膀胱がんに対する態度を理解していません。
私は、彼が、膀胱がんを克服する絶好の機会を得られるどのような手術でも受けるべきであると思います。
彼は、女性として私がどのように、彼が膀胱がんのことを感じているかについて理解していないと言います。
また、彼は私と膀胱がんの診断について話したくないようです。
これは一般的なことでしょうか?
H
↓(詳しくは)
http://idomov4.netfarm.ne.jp/~bh001111/4644072b/i/newpage44.htm
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