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2008年07月17日 膀胱がんウェブカフェ創設者のウェンディ・シェリダンさんからの励ましの電子メール

 2008年は、もう半年以上が過ぎました。2007年7月も半分以上過ぎました。

 この半年間を振り返ると、米国国立がん研究所公認患者サイト「膀胱がんウェブカフェ」の創設者である下の写真のウェンディ・シェリダンさんからいただいた、米国MDアンダーソンがんセンターの泌尿生殖器腫瘍学アーリン・シーフカー=ラドトケ准教授の英語の尿膜管がんに関する次の論文が今後の治療や病状認識を新たにする上で大変役に立ちました。

 ウェンディさん

 尿膜管がんの集学的療法 MDアンダーソンがんセンターの経験(31.5USドル)
 MULTIMODALITY MANAGEMENT OF URACHAL CARCINOMA: THE M. D. ANDERSON CANCER CENTER EXPERIENCE
 (THE JOURNAL OF UROLOGY Vol. 169, 1295–1298, April 2003)

 尿膜管がん:外科手術及び化学療法の選択肢(70USドル)
 Urachal carcinoma: surgical and chemotherapeutic options
 (2006年にwww.future-drugs.comに掲載された論文)

 これらの論文はインターネットで販売されているのですが、特別に無料で送ってもらいました。
 次の写真は、いただいた論文執筆者の米国MDアンダーソンがんセンターの泌尿生殖器腫瘍学アーリン・シーフカー=ラドトケ准教授です。
アーリン・シーフカー=ラドトケ医学博士

 そこで、お礼に膀胱がんウェブカフェの創設者のウェンディ・シェリダンさんに2008年7月1日にインターネット決済で50ドル寄附するとともに、近況を知らせる電子メールを送りました。

 ウェンディさんからなかなか返事が来ません。
 具合でも悪いのかと心配していると、先日、8月末までバカンス滞在予定のフランス南部の別荘にインターネット回線がなくて電子メールの送受信ができずに返事が遅れて申し訳ない、何とかインターネットができるようになったので電子メールを送りますという返事が来ました。

 いただいた電子メールには、このほか私が膀胱がんウェブカフェの日本語訳をしていることは寄附に値する大変な貢献であり、これまでも十分に寄附をもらっているので、無理して寄附しなくてよいですよと書いてありました。今回の私の寄附は、今年になって3回目だったのです。

 それと私の近況をお知らせしたときに、米国に全米レベルの膀胱がん患者団体が誕生したけれども、膀胱がんウェブカフェのようにヨーロッパの情報、日本の情報を偏らずに掲載するサイトはあまりないので、患者にとっては大変助かると膀胱がんウェブカフェのことを絶賛しました。

 このことについては、これまで膀胱がんウェブカフェで患者同士のインターネットフォーラムという手間がかかるインターネットサービスをしていたが、膀胱がんウェブカフェのインターネットフォーラム利用者が今年立ち上げた全米膀胱がん協会のサイトのサービスに完全に移行したので、これからは日本を含む膀胱がんの最新治療情報を更新していきたいと書いてありました。

 あとは、私の外来化学療法の成功を祈りますという内容でした。

 私の翻訳への評価や治療の成功を祈るという内容を読むと、洋の東西を問わず人間の根幹的なところは変わらないと思いました。

 膀胱がんウェブカフェの創設者であるウェンディ・シェリダンさんからの励ましの言葉により、翻訳の継続、膀胱がんウェブカフェ(仮訳)サイトの維持管理は今後もできるだけ続けようと決意を新たにしました。

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【膀胱がんウェブカフェ(仮訳)】
 ウェブマスター(サイト運営者)のウェンディ・シェリダンの経歴について
 私は1956年にニューヨーク市で、4人姉妹の末っ子として生まれました。父はがんで38歳のときに亡くなりました。私は8歳でした。父の死後しばらくして私はギターの演奏を始めました。私は若いときに音楽の虜(とりこ)になり、結局、私は学校を逃げ出し、アズベリー公園の音楽シーンの栄光の日々をブルース歌手兼ギターリストとして音楽活動を開始しました。
 ↓(詳しくは)
  http://idomov4.netfarm.ne.jp/~bh001111/4644072b/i/newpage6.htm

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投稿者 fight : 2008年07月17日 06:13
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