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  2007/01/24 ユージン・スミス

15年ほど前のことである。鳥取で新聞記者をやっている友人から電話がかかってきた。徳永進医師の主宰する文化施設、「こぶし館」でユージン・スミスの写真展をやる。ついてはスミスの解説を地元紙の文化面に書いてくれというのが依頼の内容だった。

 ホスピスムーブメントの旗手としての声価の高い徳永医師は、子どものころから「大きくなったらシュバイツァーのような偉大な医者になれ」とお母さんから言われ続けて育っていった。高校時代に徳永少年はユージン・スミスの写真と出会う。スミスが映し出したシュバイツァーからは、「偉大な人物」たらんとする彼の臭みを感じて好きになれなかった。むしろ「カントリー・ドクター」という一連の写真に描かれた、アメリカの田舎医者、エルネスト・セリアーニに強くひかれた。徳永さんは後に、セリアーニと同じ田舎医者としてのキャリアを選びとっている。

 自分の人生の方向付けを与えてくれたスミスに、徳永さんが深い思いを寄せるのは当然のことだ。何度かこうした作品展を徳永さんは鳥取で開いていた。この時ぼくが何を書いたかはいまは覚えていない。記事が新聞に載った数日後、父から電話がかかってきた。

 父はいう。「徳永さんのところの文章、読んだで。なかなかよう書けとった」。まずはぼくの文章をほめてくれた。「ただなあ、新聞は天下の公器なだけえ。軽々によそ様のことを『友人』ちゃあなんで呼んだらいけんだ」。?!一瞬ぼくは耳を疑った。「お前がなあ、なんぼ『友人』だと思とっても、あのスミスっちゅう人はお前のことを『友人』だとは思っとらんかもしれん。文化の違いちゅうこともあるだけえ。よう気をつけないけんで」。

 驚いたことに父は「ユージン・スミス」のことを「友人スミス」とぼくが書いたと勘違いしていたのだ。こうした不思議でとんちんかんな心配を大真面目でする人だった。それから10年近くの後に、徳永医師のホスピス「野の花診療所」で、母のあとを追うように人生の幕を閉じることになるとは、この当時、ぼくにも父にも予想だにすることはできなかった。

投稿者 kotani : 06:38 | コメント (0) | トラックバック (0)
  2007/01/07 澁谷の事件に思う

太郎の友達にも両親の家系が代々医者で、医者になるべく4年生なのにハードな塾通いをしている男の子がいます。親の期待が大きいので、塾に行く前には心臓が爆発しそうな感じになるといっているようです。こういう子どもは全国でも少なくないのではないか。そうした親たちは、去年の奈良の事件や今回の澁谷の事件をどう受け止めているのか、知りたいところです。

 日本は世襲社会。政治家も経営者ももちろん医者も弁護士も、そして学者や教員でさえそうなっているのではないでしょうか。医者の世襲の問題と関係が深いのが私立医大の存在ではないのか。学費が膨大にかかるのでお金持ちの子どもでないと入れない。またお金があっても医院を開業しないと投資を回収できないから、勢い開業医の子どもが多く集まってくることになる。

 小泉改革以来「官」のリストラが絶対的な善のようにいわれています。もちろん「官」の無駄遣いはやめさせなければならない。しかし、たとえば日本の教育費や社会保障費はGDP比率でみると先進国中最低の水準です。本当に教育にお金をかけていない。高校まではまだ40人学級。進学率が上昇しても国公立の大学を増やさず、私立にそれを肩代わりさせてきました。

 医者は人の命に責任をもつ仕事だから、本来国公立の大学で養成されるべきでしょう。もちろん私立医大を貶めるつもりはない。私も私立総合大学の医学部の病院で骨髄移植を受け一命をとりとめました。有能で熱心なお医者さんを生み出し、高度な医療活動を行っている私立医大もたくさんあることでしょう。しかし、特殊な階層の人しか入れない学校から、人の命を預かる専門職が生み出されている現状には首をかしげざるをえないのです。

投稿者 kotani : 10:01 | コメント (5) | トラックバック (0)

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