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  2006/11/23 ノーベル賞と大島紬

 「史上最強のサラリーマン」、島津製作所勤務の田中さんが、ノーベル賞を受賞してからもう4年がたちます。「博士」でも「教授」でもなく、「さん」というのがいいですね。地位や権勢を追い求めるエセ学者の鼻をあかしたようで痛快です。何しろ「田中」さんです。一番フツーの名字。このノーベル賞は、日本のコモンマンの素晴らしさを物語るものといえるでしょう。

 田中さんフィーバーが続いていたころ。太郎がぼくにこう尋ねました。「びんちゃん、ノーベル賞とったことある?」。田中さんがいかにもそこらにいる感じのお父さんなので、ならば「びんちゃん」もと、太郎は思ったのかも知れません。

 ぼくが大学院の博士課程に入った1981年。福井教授が田中さんと同じノーベル化学賞をとりました。この時、ストックホルムの受賞式後のパーティに、福井教授が大島紬を着てあらわれました。それをみた母は、50万円を出してぼくに大島紬の着物を買ってくれたのです。うちの次男坊も将来学者になるのであれば、ノーベル賞をとる可能性皆無とはしない。ストックホルムで恥をかかないように立派な着物を作ってやろう。そんな母心からでした。しかし、そのころは精悍なスポーツマン体型だったぼくも、その後は醜く中年太りをしてしまい、当時の体型にあわせて作った大島紬は、一度も袖を通さぬうちに着れなくなってしまったのです。

 7年前。ぼくの病気の報を聞いて両親はひどく落ちこみました。しかし商売人の両親は、根がプラグマティックにできています。彼らは早手回しにぼくの葬式の相談をしたようです。そこで死に装束をどうするかという話題になった時、母がなんと言ったか。「ああ、大島紬がありますわいな。あのもんが太って着れんようになっとりましたけど、大病して痩せりゃあ大きさもちょうどようなりましょうで。ノーベル賞のパーティでなしに、こんなことで着せるのはほんに残念ですけどなぁ」。

 ぼくはあやうく大島紬を着て、ストックホルムならぬあの世の土(?)を踏むところでした。そんなことにならなくて本当によかった!

投稿者 kotani : 16:30 | コメント (2) | トラックバック (0)
  2006/11/02 天皇陛下万歳!

 今年の日本シリーズは、北海道日本ハムファイターズが優勝。新庄ブームにドラゴンズが飲み込まれた格好でした。6年前、私が無菌室でみた日本シリーズは、王・ダイエー(現ソフトバンク)と星野・中日の決戦でした。とにかく無菌室ではやることがありません。英語の分厚い本も夜読むと眠れなくなるので、日没で読書はおしまい。日本シリーズの全試合をプレ一ボールからゲームセットまですべて見ました。こんなことはおそらく最初で最後でしょう。

 中日のホームゲームには、末期ガンのミュージシャン、池田貴族が観戦に来ていました。名古屋出身の彼は熱狂的な中日ファンだったのです。「美憂」という名の幼い女の子を遺してこの年のクリスマスに、彼は帰らぬ人となったのです。ダイエーのシリーズ制覇が決まった翌日には、中村江里子似の主治医と年配の看護師さんが、「ダイエーのバーゲンが楽しみ」と主婦の会話をしていました。テレビ東京は、高倉健が中日ドラゴンズの監督を演じたハリウッド映画を平日の昼間に流していました。ドラゴンズが敗退した翌日だったから、トホホっていう感じがしないでもなかった。

 星野仙一は、鳥取の隣県岡山の人で、高校(倉敷商業)時代は東中国大会決勝で米子南高校に敗れ、甲子園出場の道を断たれています。わが郷土と因縁浅からぬ彼には好感をもっていました。また、幼くして父親を亡くし、苦労をした彼は、足長育英会への支援を惜しみません。私もあやうく太郎と骨子を遺児にしかかったので、この点では星野仙一には手を合わせたい気持ちすらあります。ところが…。

 無菌室を出てしばらく日の過ぎた11月なかばのこと。テレビは、「天皇在位10周年記念式典」の映像を伝えていました。ぐれいだとかえっくすじゃぱんだとか、異様な風体をしたロックミュージシャンが天皇の在位10年を寿ぎ奉る歌を歌っています。くりびつてんぎょう!ロッカーって欧米では、反体制の象徴ではないのさ?おりから国会では、盗聴法をはじめとする物騒な法案の審議が進んでいました。ああ、日本は変な国になった。翼賛体制の復活だ。生きていてよくなかった。放射線の雨に打たれて、あのまま死んでいればよかった…。そんな思いが私の脳裏を駆け巡ります。とどめをさしたのが、かの星野仙一です。「天皇陛下、バンザーイ!」。うぐぐ。やはり彼は明大野球部の恩師、島岡吉郎の衣鉢を継ぐ右翼だったのでしょうか。

 この後、中日・阪神と彼の関わるチームをどうにも応援する気にはなれませんでした。まあ、ナベツネからの巨人軍監督要請を断ったので少しは見直したところですが…。

投稿者 kotani : 12:48 | コメント (0) | トラックバック (0)

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