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・加齢御飯さん
(骨髄異形成症候群)

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  2006/05/27 大きくなったら何になる

 太郎は神奈川に移ってきてからしばらく、時計に熱中していました。2歳の時のことです。レストランのウエイトレスさんの時計をみると「いまなんじ?」と尋ねます。あげくのはてには「いまなんじ」、「51分9分かなあ」と奇妙な自問自答を始めます。「大きくなったら何になりたい」と聞かれると「時計」と答えていました。

 骨髄移植の治療が終わり、退院してみると太郎の時計熱は冷めていました。翌年の2月ごろだったと思います。所用があって隣の町田を尋ねました。太郎を連れていきました。激烈な治療で20㎏は体重が減り、肌は放射線焼けで真っ黒。感染予防で大きなマスクをつけ、髪の毛のなくなった頭を隠すために帽子をかぶっていました。ぼくのいでたちは傍目に異様なものだったと思います。実年齢より相当老けてみえたことでしょう。

 帰りの電車のなかで、70代と思しきご婦人がぼくに「どうぞ」といって席をゆずろうとします。ぼくは,まだ40代ですといって辞退しようとすると「ご冗談を」。老けてみえるという自覚はあるものの、自分の母親ぐらいの年齢の女性に席をゆずられたことはショックでした。しばらく譲り合っていましたが、結局太郎が座らせてもらうことになりました。

 「お嬢ちゃん、何歳?」。太郎は小さい頃、よく女の子と間違われていました。「赤ちゃん」と太郎は答えます。「そうなの」。ご婦人はやさしく微笑みます。「大きくなったら何になりたい?」というご婦人の質問に「生まれ変わる」と太郎。電車はあっというまに相模大野に着いてしまいました。太郎とご婦人のシュールなやりとりをずっと聞いていたかったぼくは、後ろ髪を引かれる思いで電車を後にしたのです。

投稿者 kotani : 16:23 | コメント (4) | トラックバック (0)
  2006/05/20 隠喩としての病

 
 再生不良性貧血と白血病は血液疾患の代表選手です。前者は、免疫が誤作動して骨髄の働きが抑制され血が造られなくなってしまう病気です。後者はガン化した白血球が猛烈な勢いで増えて、健康な血球が駆逐されてしまう病気です。前者は骨髄中がひどく静かになり、後者はそこが異常に活性化していく。前者は自己免疫疾患。後者はガンの一種です。

 骨髄異型性症候群は、この異質な二つの病気の特徴を兼ね備えた難病です。最初は、すべての血球が減少し、再生不良性貧血に近い症状があらわれます。しかし、骨髄中に白血病細胞(およびその予備軍)が存在している。これが徐々に増大して、最終的に急性骨髄性白血病(骨髄中の白血病細胞が30%以上)に移行する可能性の高い、恐ろしい病気です。

 私は名だたる理系音痴です。病気にかかった当初には、赤血球・白血球・血小板の区別さえ定かではありませんでした。それがよりにもよって難解を極める病気にかかってしまった。病気を理解することなしに闘病などできません。そこで自分が少しは知っている領域に引きつけて理解しようとしたのです。私はこの病気を経済現象になぞらえてみました。

 血液を経済の領域に置き換えると、これは通貨です。白血病とはガラクタのような白血球が骨髄と抹消血とを埋め尽くす病気です。供給量の増え過ぎた通貨がガラクタと化していく。これはインフレーションに他なりません。反対に再生不良性貧血は、血液がまったく造られなくなってしまう病気です。通貨が市場に流通しなくなる状態はデフレでしょう。

 では何故デフレ(再生不良性貧血)がインフレ(白血病)に移行していくのか。デフレが進めば税収が減収し、財政赤字(白血病細胞)が増える。財政赤字が限界を超えて増えればその国の通貨は信用を失って紙切れとなり、デフレは悪性インフレに転化していく…。私は当時のこの国の経済状況と重ね合わせることで、自分の病気を理解していったのです。

投稿者 kotani : 17:34 | コメント (0) | トラックバック (0)
  2006/05/12 グリベック

 4,5年前のある日のことです。研究室のドアをノックする音が聞こえてきました。ドアを開けると、そこにはさる非常に偉い女性の教授が立っていました。「加齢先生。ちょっとお時間よろしくて。ご相談したいことがあるの」。何事ならんとぼくが驚いているうちに、教授は部屋に入り込んで、すでに椅子に腰をかけています。さすがに偉い先生は違います。

 「実はね。あたしの身内の者が慢性白血病に罹ったの。いまはグリベックという薬が出ていてこれが特効薬的に効くそうだけど、とってもお金がかかるのよ。グリベックの投薬か、骨髄移植しか治療法がないと医者がいうわけ。骨髄移植はリスキーだと医者はいうわけ。でも加齢先生をみているととてもお元気そうじゃない。だからあたし迷っているのよ」。

 大切な相談なので無責任なことはいえません。グリベックという薬の存在については、私も入院中に評判を聞いていました。たしかに特効薬的な効果があるようですが、当時はまだ保険適用外でべらぼうにお金がかかったはずです。教授の逡巡もよく理解できます。しかし骨髄移植は命を落とす危険がつきまといます。私はグリベックの投薬を勧めました。

 この薬もいまは保険が効くようです。どれだけの費用がかかる薬なのか。ネットをみていたら驚くような情報がありました。慢性骨髄性白血病のご主人をもつ女性のサイトです。グリベック一錠3500円。一日に6錠服用。この薬の代金だけで月に60万円かかる計算になります。高額医療費として還付される部分があるにしても、この負担は法外なものです。

 グリベックは、できてから間がないために薬を中断するとどうなるのかというデータが存在しない。だから患者は薬をやめるわけにはいきません。白血病のような強い病気を押さえ超強力な薬を長期間服用した場合の副作用も心配になります。そのデータもまだ存在しないのです。難病に対する特効薬的な薬の出現は、患者さんやそのご家族にとっての大きな福音でしょう。しかしこんな高価な薬を貧しい人たちが服用できるとはとても思えません。「地獄の沙汰も金次第」ということばが浮かんできます。なんだかいやな世の中になってきました。


投稿者 kotani : 19:32 | コメント (4) | トラックバック (0)
  2006/05/02 葬儀屋さんの知恵

 母が亡くなると30分あまりで葬儀屋さんがきました。昔は近隣と親族の力で葬式をあげていましたが、いまは葬祭産業のお世話になります。葬儀の会場、棺桶、祭壇等々について交渉で詰めていきます。「そちら様は旧家ですけえ、それなりの格式のご葬儀をされませんと…」と向こうがいえば兄が答えて、「古いばっかりが取り柄でしてなあ。商売は、ごっついえらい(大変)ですだが。出すもんは一銭でもおしゅうござんす」。母が死んですぐに、こんなシビアな交渉をしなければならない。「ビジネスの時代」を生きる者の悲しさです。

 結局この葬儀屋さんに両親と妻の母の葬儀をあげてもらいました。非常によかったと感謝しています。担当の女性職員の仕事ぶりは、まさに心利きたるものでした。葬儀の司会進行を勤めながら、故人の人となりを巧みに詠みこんだ短歌を披露してましたが、アートと評すべきできばえでした。昔の葬儀屋さんとは、まったく違います。彼女からは、先端的なサービス産業のコーディネーター、「感情労働」のプロフェッショナルという印象を受けました。

 先日、葬儀屋さんをフィールドにしている若い女性研究者から、興味深い話を聞きました。関西の葬儀屋さんが、死別に悲しむ家族の自助グループの組織化に乗り出すのだといいます。そんなことまで商売にするのかと呆れる一方で、それもありかとも思います。葬儀屋さんの温かい対応で、われわれも随分精神的に救われたところがありました。医療者、カウンセラー、ソーシャルワーカーは入院中は親身に世話をしてくれても、遺された家族の面倒などみてはくれません。

 医者よりは葬儀屋さん。これはなんだか、学校の先生より塾の先生の方が子どもに信頼されているのに似ています。父の葬儀の時のことです。病院から斎場に向かう車中で葬儀屋の社長さんと話をしました。「明日、わしらは忙しゅうなります」。何故とぼくが尋ねると、「今日は大潮ですけえ。大潮の日には人がようけ死ぬですだが。潮が引き込むでしょうなあ」。なるほどなあと思いました。葬儀屋さんの世界には、死についての膨大な知が蓄積されているようです。

投稿者 kotani : 05:59 | コメント (2) | トラックバック (0)

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