MELIT:患者のための医療情報リテラシー
ヘルプ サイトマップ 縮小 拡大
みんなの声
melit.jp since 2005
・行灯さん
(統合失調症(家族))

wwwを検索 melit.jpを検索
ご意見をお聞かせ下さい
MELIT:患者のための医療情報リテラシー
  > ホーム > みんなの声 > 行灯さん(統合失調症(家族)) > 「不安の力」を読んで(6)

« 「不安の力」を読んで(5) | トップ | 「不安の力」を読んで(7) »

2006年02月09日 「不安の力」を読んで(6)

 不安はその個人の環境や背景によってそれぞれ異なり
ますし、人ひとりが持っている不安は種々雑多にあります。
 世界の情勢や住んでいる国や時代の背景によっても、
個人に及ぼす不安への影響は多くあります。
  tukusi02 kisetunomado.jpg
   イラスト;季節の窓さんより

 この本の「真に頼るものがもてない不安」の題目の所では、
『生活水準を考えても、1945年前後の日本の悲惨な状態、今日
食べるものもないという状況を考えれば、いまは飢え死にすると
いう不安はほとんどありません。
 しかし、そういうものとは違う不安、生きていくうえで、これでいい
のだろうか、という漠然とした不安を感じている日本人が多いよう
です。』

 江戸の幕末に、外国からの文化を急速に受け入れてより、衣食住は
もとよりあらゆる文化を導入してきました。
 その中でも、日本人は宗教に対する寛容さというものを自然に身につけて
いて世界でも宗教の信仰の自由があり、イラクやイスラエルのことなどを
ニュースで聞いたりドキュメンタリーで観たりすると、私は日本に生まれて
良かったと思うことがあります。その反面、自由というのは心のより所を
求めるには強烈な洗脳に出くわすととても危険な状態になり、人間として
結局何を信じればいいのか分からなくなる恐さがあります。

 そのようなことから五木氏は
 『<真に頼るものが持てない>不安というのは、宗教を持たない日本人、
と言う問題抜きには考えられない気がするのです。』
と述べられています。
 『自分の信じるものを持っている人間には、ある意味で強さがある。
それは自分の行いを使命だと信じて行動できるからです。
このように見えない物差しを持っているか、持っていないかということは、
非常に大きいのです。』
 『やはり人間は百パーセント孤独では、生きていけないだろうと思うところ
があります。目にみえないけれども、誰かが見ていてくれる、誰かの声が
聞こえる、という感覚があるからこそ独りで行ける。・・・・・・・・・
 じつはそれが宗教というものなのです。』
 『ぼくは世の中にとって宗教というのは具体的に役立つものではあるまい、と
思っています。宗教とは、世の中のプラスになるものではなく、一見、マイナスの
働きをするものではないのか。・・・・・・
 宗教は一種のブレーキだと思ってきました。
 経済がアクセルで、政治がハンドルだとすると、宗教はブレーキです。
ブレーキというのはスピードをを止めるものです。』
 『また、宗教は道徳とはちがいます。・・・・・・・
宗教というのは一見無用に見えるものです。しかし、長い目で見ていくと、いつか
どこかで人間に対してプラスになっている。』

 
 このように五木氏の宗教観は、いわゆるスピリチュリティの世界にあるものと
似ていると感じました。

投稿者 miuras : 2006年02月09日 20:31
トラックバック
この記事のトラックバックURL: http://melit.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/435
コメント

行灯さま、こんばんは。

TB試みましたが、どしてかうまくできません・・??
内容にずれがあるようでしたら、遠慮なくご指摘くださいませ。なんだかいつも事後承諾させちゃってるようで・・恐縮してます。

投稿者 水井パセリさん : 2006年02月10日 16:53

 パセリさん、こんばんは。
 いつもありがとうございます。
 パセリさんのブログを拝読させていただいたり、しんぞう先生のお話を読んだりして、本当の意味でのスピリチュアルについて知ることができ、勉強になります。
 最近TVで霊能者のような男の人がこの言葉を使っていますが、スピリチュアルな世界は自分から求めて築き挙げていくもののようで、他人様の影響はあっても無理して与えるものではないと思っています。
 私の場合も妹にどうこうという前に、私自身の気持ちのあり方にとても参考になる世界です。

投稿者 行灯さん : 2006年02月10日 23:22

行灯さま、こんばんは。

>スピリチュアルな世界は自分から求めて築き挙げていくもの>のようで、他人様の影響はあっても無理して与えるものでは>ないと思っています。

わたしも最近このように思ってまして、はて~どうしたものか~と、body&soulⅣさんに先日、相談したばかりでした。取り敢えず自分のできる範囲内で、気負わずいくしかないかなと思っています。そのかたそれぞれの模索で、押し付けられたりこうだからといって、必ずしもその方向きとも限らないように感じています。行灯さまの、おっしゃるとおりです。

投稿者 水井パセリさん : 2006年02月12日 21:32

 パセリさん、こんばんは。
 これだけはお伝えしたいのですが、パセリさんの書き込まれていることからは押し付けのような感じは微塵も感じられません。
 元気なときは考えもしなかったのに、医療の世界に関係し病める人と接し、私自身も三途の川を渡りそうになったことから、安心でき患者さんに添える看護とはと思う内に、たどり着いたのがパセリさんが取り上げて下さってる世界で、むしろ視野が随分と広がったと私はとても感謝しています。
 パセリさんちのブログのカウントが多いのは、きっと病気などに関係してもっと深く気持ちをしりたいと思う人が多いからと思います。
 パセリさんがこういう内容で看護師の卵さんたちに講義をしていただきたいくらいです。
 どうぞ、いままでどおり不思議な世界を広げていってくださいませ。

投稿者 行灯さん : 2006年02月12日 22:07

« 「不安の力」を読んで(5) | トップ | 「不安の力」を読んで(7) »

ホーム サイトマップ 掲載メディア お問合せ ヘルプ ご支援のお願い
ログイン melit.jp 2005 All Rights Reserved ご利用上の注意 このサイトの理念 リンク・著作権 制作協力